危機管理:自然界に存在しない病気の治療薬の開発
天然痘という病気があります。死に至る病気で、有効な治療法がありません。病人と接触すると90%の人が感染し、その30%が亡くなります。幸い、種痘によって予防することができ、1980年に根絶宣言が出されました。日本では1976年から基本的に種痘接種は行われていません。
自然界の天然痘は無くなりましたが、生物兵器として使われる可能性が残っています。そのためイラクに派遣された自衛隊隊員には種痘が接種されました。在韓米軍兵士も種痘を受けています。
もし生物兵器として天然痘ウィルスが使われたなら、種痘では間に合いません。そこで危機管理の一環として天然痘治療薬の開発が行われています(NEJM 2018)。
テコビリマットは35万種類の化合物から選別され、天然痘が属するウィルス属(オルソポックスウィルス属)に効果があり、他ウィルス属には効果がありません。ウィルス粒子の形成や放出に関与するp37蛋白を阻害します。
天然痘は自然界に存在しませんので、研究は特別な方法を用いて行われました。(1) サル痘、ラビット痘といった動物モデルで効果を確かめる、(2) 健常人で薬物血中濃度の動態、安全性を評価する。この2つを組み合わせて、テコビリマットが有望な薬剤であることが示されました。
以上は米国の話です。
果たして我が国ではテロに備えた薬の備蓄をしてくれるでしょうか。
平成30年7月23日
肥満パラドックスと心血管系疾患
以前に「肥満パラドックス」を紹介しました。肥満パラドックスは「太っていると生活習慣病が増えて死亡リスクが増えるはずなのに、疫学調査では太っている方が長生きする」という表面上の矛盾のことです。実際には肥満パラドックスはありません。 肥満パラドックスは「体調を崩して体重が減った人」が「痩せている群」に紛れ込むために生じると考えられています。
この仮説を支持する論文をもう一つ紹介します(PLOS ONE 2017)。対象は50歳以上の米国人30,529人(退職者健康研究)です。心筋梗塞、うっ血性心不全、脳卒中、虚血性心疾患を起こしている人を対象に肥満と死亡リスクを検討しました。正常体重と肥満度クラス1(BMI30以上、35未満)の比較です。
調査開始時の体重で検討しますと、太っている方が18-36%ほど死亡が少なくなり、明らかな肥満パラドックスが認められました。これが従来見ていたものです。
脳心血管系の病気になると体重が減ります。そこで病気が診断される前の体重をもとに肥満と死亡リスクを検討しました。そうしますと肥満パラドックスが消失しました。
やはり太っているのは良くありません。
平成30年6月29日
オメガ3脂肪酸は心血管系疾患予防に効く?、効かない?
オメガ3脂肪酸は魚油に多く含まれる脂肪酸で、代表的なものにEPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)があります。市販されているサプリでもオメガ3脂肪酸は人気ですね。
最近、オメガ3脂肪酸の心血管系疾患予防効果に対するメタ分析が報告されましたので、紹介します(JAMA2018)。
一定の基準(500人以上参加、1年以上の治療観察、オメガ3脂肪酸服用、ランダム化比較試験)を満たした10論文を解析しています。全体を合わせると、61.4%が男性、平均年齢64.0歳で、平均観察期間4.4年の間に6273件の心血管系疾患のイベント(2695件の致死性心筋梗塞、2276件の非致死性心筋梗塞)、2001件の主要血管イベントがありました。
その結果ですが、心血管死にも、非致死性心筋梗塞にも、どのタイプの冠動脈疾患にもオメガ3脂肪酸サプリの効果はありませんでした。また、全体でもサブグループ分析でも主要血管イベントに有意な差はありませんでした。
ということで、このメタ分析論文では「オメガ3脂肪酸のサプリに効果なし」と結論しています。
組み入れられた試験を眺めてみます。
服用したEPAの量を見ますと、1800mg/日と服用量の多いJELIS試験では主要心血管系イベントが2割減少していました。次に服用量が多いDOIT試験(1150mg)も好ましい傾向が得られています。論文では「参加人数が563人と少なく有意差が出なかった」と結論づけています。次に多いのはGISSI-HF試験とGSIIS-P試験(ともに850mg)で、両論文ともに有意差をもって死亡、心血管死が減少しています。
もしかすると、本当の結論は「オメガ3脂肪酸の中途半端なサプリは効果がない」かもしれません。
EPAの服用量を多くした試験が進行中です。近いところではREDUCE-IT試験がほぼ終了しています。スポンサーは以前に紹介したアマリン社です。今年末(2018年)に解析結果がでるようで、この結果に期待したいと思います。
平成30年6月22日
新しい糖尿病治療薬の期待:アッチリ先生の講演から
5年前にインスリン分泌細胞の脱分化(先祖返り)について紹介しました。「グルカゴンの不思議」というタイトルでしたが、覚えておられますでしょうか。
簡単に説明しますと「血糖が上がっている状態が続くと、血糖を下げるインスリンを分泌する細胞が、血糖を上げるグルカゴンを分泌する細胞にかわってしまう」という、糖尿病にとってはとんでもない現象です。
この研究を行ったのがアッチリ先生です。アッチリ先生は今年の日本糖尿病学会(平成30年5月)に来日されて特別講演をされました。その中でこの脱分化がどうして起こるのか詳しく説明され、今後の糖尿病治療の展望にこの脱分化を防ぐ薬を上げられました。
アッチリ先生はこの他にも、新しいタイプのインスリン感受性促進薬が可能であることを基礎実験で示され、また1型糖尿病の治療についても言及されました。
どこまで現実の治療薬としての研究が進んでいるかはわかりませんが、できるといいですね。ぜひ期待したいと思います。
平成30年6月6日