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糖尿病、高血圧と新型コロナウイルス感染症死亡リスク

新型コロナウイルス感染症では、高齢、高血圧、糖尿病、心血管系疾患などがあると死亡リスクが上がると報告されてきました。しかし残念なことに、初期の論文はリスク因子が補正されていません。

たとえば高齢者で死亡リスクが高くなるとします。そうすると高齢者では高血圧の人が多いわけですから、高血圧の人の死亡リスクも高く集計されます。高血圧が本当にリスク因子かどうかを見るには年齢補正をしなければなりません。

まだ正式な発表前ですが、多変量補正した死亡リスクの論文が公表されました。イギリスの人口の40%をカバーする膨大な医療データを元に計算しています。調査期間は2020年2月1日〜4月25日です。調査対象は17,425,445人の成人で、うち5,683人が新型コロナウイルス感染症で亡くなられています。

院内死亡リスクをCox回帰分析しています。多変量補正しますと、死亡リスクが高いのは、男性(HR1.99)、高齢者(50歳代を基準1.00としますと、40歳代が0.31、80歳以上が12.64)貧困、糖尿病(HbA1c7.5%未満で1.50、7.5%以上で2.36)、肥満、喘息(軽症1.11、重症1.25)、慢性心疾患(1.27)などです。

この研究ではこれまでの報告と異なり、高血圧は死亡リスクを上げていませんでした(補正前リスク1.22→補正後0.95)。まだ論文が正式受理されていませんので、大きなことは言えませんが、血圧の高い人はちょっとほっとしますね。

糖尿病はコントロールを良くするようにしましょう。


令和2年5月17日 

ACE阻害薬あるいはARB(RAS阻害薬)と新型コロナウイルス感染症

ACE阻害薬あるいはARB(RAS阻害薬)は、カルシウム拮抗薬と共によく使われている降圧剤です。新型コロナウイルス感染症では、このRAS阻害薬が危険と発表され(Lancet Respiratory Medicine2020)、物議を醸しました。RAS阻害薬は肺にACE2を増やしますが、ACE2はコロナウイルスがひっつく場所だからです。

この論文は実際に危険だったという研究ではなく、理論的なリスクを示しただけの報告です。

一方でACE2がなくなると肺損傷が強くなることも知られています。ですから、ACE2を増やすRAS阻害薬はコロナウイルス感染症に有益かもしれない可能性もあります。

今回3つの観察研究の論文(NEJM2020)が発表され、RAS阻害薬は新型コロナウイルス感染症の重篤化リスクとは無関係であることが示されました。

最初の論文は8910人(11ヵ国169病院)の入院患者の研究です。5.8%の方が亡くなられています。多変量で補正後の結果ですが、死亡リスクと関連したのは65歳以上、冠動脈疾患、心不全、不整脈、COPD(閉塞性肺疾患)、喫煙でした。RAS阻害薬はリスクと関連せず、ACE阻害剤ではむしろ死亡リスクが低くなっていました(オッズ比0.33)。

次の論文は、6272人の感染患者と30,759人の性・年齢・居住地でマッチさせた対照を比較したイタリアの成績です。感染者は非感染者と比べてRAS阻害薬の服用者が多かったのですが、これは感染者に心血管系疾患が多かったためです。多変量で補正しますと、RAS阻害薬と軽症〜中等度、或いは重篤なコロナウイルス感染との間に関連を認めませんでした。

3つ目の論文はニューヨーク市で新型コロナウイルスの検査を受けた12,594人が対象です。46.8%が陽性で、そのうち17.0%が重篤でした。傾向スコアでマッチングして解析しますと、どの種類の降圧剤もコロナウイルス感染と関連していませんでした。感染症の重篤度とも関連していませんでした。

別の方向から解析を試みた論文も発表されています。

実はインフルエンザAウイルスもACE2を利用して肺障害を起こします。4つ目の論文(NEJM 2020)はインフルエンザとRAS阻害薬の関連をみています。イギリスの診療データ((CPRD:1998年〜2016年、560万人)の解析です。70万余りがACE阻害薬、23万人余りがARBを服用し、RAS阻害薬を服用していない人は474万人でした。多変量で補正しますと、ACE阻害薬を服用している人のインフルエンザ発症リスクは0.66、ARBでは0.52でした。服用期間が長いほど発症リスクが低く、10年以上の人ではそれぞれ0.29、0.11でした。

これらを合わせて考えますと、ACE阻害薬、ARBを服用している人は中止せずに飲み続けることをお勧めします。

ACE阻害薬:レニベース(エナラプリル)、ゼストリル(リシノプリル)など
ARB:ニューロタン(ロサルタン)、ブロプレス(カンデサルタン)、ディオバン(バルサルタン)、ミカルディス(テルミサルタン)、オルメテック(オルメサルタン)など


令和2年5月11日

追記:ここに紹介したNEJMの最初の論文について、信憑性が問われています。分析に用いたデータベース the Surgical Outcomes Collaborative (Surgisphere) が実態と合わないようです。現在公開質問状が出されており、NEJMは残りの2つの論文を参考にするように勧めています。
令和2年6月2日


追記:6月4日にここに紹介したNEJMの最初の論文は撤回されました。
令和2年6月5日

ココナッツオイルは心血管系に悪い

ココナッツオイルはココヤシの胚乳から取れる油です。ヤシからとれる油ということで間違えやすいのですが、パームオイル(アブラヤシの果肉から取れる油)、パーム核油(アブラヤシの胚乳から取れる油)は、ココナッツオイルと別物です。

ココナッツオイルは、植物性でコレステロールを含まず、中鎖脂肪酸を多く含んでいます(中鎖脂肪酸は炭素数が中程度の脂肪酸です)。中鎖脂肪酸は長鎖脂肪酸と違った性質を持っています。そのため、飽和脂肪酸であっても中鎖脂肪酸の多いココナッツオイルは健康に良いと考える人がいます。

しかしこれは間違っていて、ココナッツオイルは心血管系疾患のリスクを上げると報告されています。ココナッツオイルのシステマティックレビューとメタ分析が報告されました(Circulation 2020)ので紹介します。

このメタ分析では16編の臨床試験をまとめています。ココナッツオイルは非熱帯性の植物油(一般の植物油)と比べて、LDLコレステロールを10.47mg/dlほど増加させました。LDLコレステロールはいわゆる悪玉コレステロールですので、LDLコレステロールを上げるココナッツオイルは身体に悪いと考えられます。なお血糖、炎症マーカー、身体脂肪にはココナッツオイルの影響がありませんでした。

飽和脂肪酸を摂ると、LDLコレステロールと共にHDLコレステロールも増加します。今回の分析でもココナッツオイルはHDLコレステロールを4.00mg/dlほど増加させています。HDLコレステロールは一般に善玉コレステロールと言われますが、論文では増加したHDLコレステロールに抗動脈硬化作用はないと考察しています。

ココナッツオイルは86.5%が飽和脂肪酸で、その半分がラウリル酸(炭素数12)です。このラウリル酸はちょっと変わった中鎖脂肪酸です。普通の中鎖脂肪酸は小腸で吸収されると門脈に入って肝臓に運ばれます。そのため代謝が速いのですが、ラウリル酸はこの経路で代謝されません。カイロミクロンになって胸管(リンパ管)を通って血中に運ばれます。これは長鎖脂肪酸と同じ経路です。

ラウリル酸は炭素数の多い長鎖脂肪酸の性格をもっており、コレステロールを上げる作用もパルミチン酸(長鎖飽和脂肪酸の代表、炭素数16)の2/3程度あると報告されています。

以上を考えますと、ココナッツオイルはあまり摂らない方が良い油のようです。
今回は取り上げませんでしたが、パームオイルも動脈硬化を促進させますので控えるのが良いでしょう。


令和2年3月22日 

蛋白質の摂り過ぎと腎臓

筋肉をつけるには蛋白質が大切です。ジムで運動したすぐ後に「プロテイン」サプリを飲んでいる人をよく見かけますが、スポーツ雑誌のTarzanでは、筋力増強には蛋白質1.6g/kgが基本で、1.2-2g/kgを勧めています(2019)。

蛋白質の維持必要量は0.66g/kgです。糖尿病の食事指導ではふつう1.0-1.2g/kgが指示されます。ですから、筋肉トレーニングの時の推奨量はちょっと多めです。

どこまで蛋白質を摂って大丈夫か、実ははっきりした報告がありません。「日本人の食事摂取基準2015年版」にも「耐容上限量は設定しないこととした」と書かれています(2020年度版も同様の表現になるようです)。

ところが最近「蛋白質の摂り過ぎ」は腎障害と関連するという報告が2編(ともにNephrol Dial Transplant 2019)に発表されました。

蛋白質を摂り過ぎると糸球体過剰濾過が起こってきます。糸球体は腎臓の濾過装置のことで、過剰濾過は濾過装置の働き過ぎのことです。この働き過ぎが腎臓を傷めると想定されています。人でいう過労死みたいなものです。

最初の論文は、過去に心筋梗塞を起こしたことのある2255人(the Alpha Omega Cohort)が対象です。高齢(60-80歳、平均69歳)で、eGFR(推定糸球体濾過量:腎臓の働きを示す検査値)が平均82ml/min/1.73m2と、腎臓の働きが衰えていない人が対象です。蛋白質摂取量は203項目の食事アンケートで推定し、41ヶ月間観察しました。

平均蛋白摂取量は71g/日です。この集団を蛋白摂取量(g/kg)で4群に分けて検討しています。多変数で補正したあとの結果ですが、蛋白質の摂取が0.1g/kg増えるごとに、糸球体濾過量の減少が0.12ml/min/1.73m2ほど速くなりました。動物性蛋白と植物性蛋白の差はありませんでした。蛋白摂取量が1.20g/kg以上の人は0.80g/kg未満の人に比べて、eGFRの低下が倍のスピードでした(-1.64と-0.84ml/min/1.73m2)。

二つ目の論文は韓国の成績です。対象は9226人で、糸球体過剰濾過を検討しました。糸球体過剰濾過の基準ですが、その人の年齢、性別、高血圧/糖尿病既往、体重、身長で補正した糸球体濾過量が95パーセンタイルを超える場合と定義しました。また急速腎機能低下は、1年当たりeGFRが3ml/min/1.73m2以上低下する場合と定義しました。

蛋白質摂取量を4分位に分けますと、最も蛋白質摂取が多い群は最も少ない群に比べて糸球体過剰濾過のリスクが3.48倍多くなっていました。急速腎機能低下も1.32倍多くなっていました。糸球体過剰濾過に着目しますと、「蛋白摂取量と関連する急速腎機能低下」は糸球体過剰濾過のある人だけに認められました。

2編とも疫学調査であり、研究方法からは、蛋白過剰摂取が腎障害の原因とまで言えないのですが、健康のためにはほどほどの蛋白摂取がよさそうです。今後の研究に期待します。


令和2年1月21日

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