耐糖能の日内リズム
夜遅くに食べない方が身体に良いと言われます。血糖についてもそうで、同じものを食べても日中と夜中で血糖の上がり方が異なり、夜中の方が血糖が上がりやすくなっています。
食事をすると身体が温まることはご存じですね。食べることによって熱が産生されるためですが、夜間ではこの熱産生が少なくなります。熱産生に使われなかったエネルギーは身につく方向に向かいます。夜に食べると太りやすい理由の一つです。
明け方になるとインスリンの必要量が増してきます。特にインスリン作用が不足している糖尿病患者では、食べてないのに血糖が上昇します。1型糖尿病でよく見られますが、この現象は「暁現象」と呼ばれています。成長ホルモンやコルチゾールなど「インスリンと作用が拮抗するホルモン」が影響しています。
糖の動きからみると、肝臓で糖新生(新しく糖が合成される)が亢進し、末梢組織で糖の取り込みが減少することが原因です。血糖が上がるのは食べ物の影響だけでないのですね。
ほとんどすべての生物は1日周期の生体リズムを持っています。この日内リズムを制御している「時計遺伝子」が分かってきました。時計遺伝子はすべて転写因子です。転写因子はDNA(遺伝子本体)に結合して、DNAの発現を調整する働きを持ちます。時計遺伝子には、Clock, Bmal1, Per, Cryがあります。
インスリン分泌も時計遺伝子の影響を受けることが分かってきました。膵島でインスリンを産生している細胞はβ細胞です。β細胞で「clock転写因子」の発現を抑制する、つまりclock遺伝子が働かない状態にしますと、インスリン分泌が抑制されます。インスリン分泌に時計遺伝子が大きく関わっている証拠です。
β細胞では上に述べた細胞内システムだけなく、身体全体のシステムも日内リズムの調節に関わっています。身体全体のシステムには自律神経系を介するもの、内分泌(ホルモン)を介するものがあります。
健康にとって日内リズムを維持することは大切です。そのためには決まった時間に起きて光を浴び、規則的に食べ、夜遅くの食事を控えるのが良いでしょう。
令和3年7月6日
身体活動パラドックス:余暇時間の運動が大切
一般に「運動は身体に良い」と言われています。しかし「仕事中の身体活動量」が多い場合は命を縮めます。これは身体活動パラドックスと呼ばれています。
まずメタ解析論文(Br J Sports Med 2018)を紹介します。この論文は17研究、総193,696人を解析しています。仕事中の身体活動量が多い男性は、仕事中の活動量の低い男性に比べて18%早期死亡が増えていました。
仕事中の身体活動が身体に悪いのはなぜでしょうか。余暇時間と仕事中では「身体活動の質」が異なるからと考えられます。
「仕事中の身体活動」は、健康維持に必要な活動強度がなくてだらだら続いたり、単調で一定の姿勢を続けたり、十分な回復時間がないかもしれません。ストレスで一日を通して血圧・脈拍が上がるかもしれません。
比べて「余暇時間の身体活動」は短時間で十分な強度の動的活動が行われ、回復時間もきっちりとれることが多いと考えられます。
今回、新しい論文(Eur Heart J 2021)が出ましたので紹介します。対象は2003-2014年にコペンハーゲン一般住民研究データベースに登録した104,046人(20-100歳)で、交絡因子を検討して研究の精度を高めています。
10年(中央値)の経過観察期間中に、7913人のMACE(主要心血管疾患:致死性心筋梗塞、非致死性心筋梗塞、致死性脳卒中、非致死性脳卒中、他の冠動脈血管死)があり、全部で9846人が死亡しています。
「余暇時間の身体活動」で検討すると、中等度、高強度、超高強度の活動をしている人はあまり活動していない人に比べて、補正後MACEリスクが14%,、23%、15%ほど減少しました。
一方、「仕事中の身体活動」で検討すると、高強度、超高強度の活動をしている人は15%、35%ほどリスクが増大していました。
全死亡のリスクも同様でした。「余暇時間の活動」ではそれぞれ、26%、41%、40%減少し、「仕事時間の活動」では13%、27%増加していました。
「仕事中の身体活動」は「身体にとって良い運動」とは別物ですね。
令和3年6月4日
運動の効果はこんなところにも
身体活動と新型コロナウイルス感染症の重症化リスクの論文が出ました(Br J Sports Med 2021)。
この論文では、入院率、集中治療室(ICU)への入室率、死亡率を、年齢、人種、基礎疾患の有無だけでなく、運動習慣別に比較しています。
2018年3月〜2020年3月に少なくとも3回の運動資料があり、2020年1月〜2021年10月に新型コロナウイルスに罹患したKPSCヘルスプラン加入者48,440人が対象です。運動量は自己申告です。0-10分/週(不活動)、11-149分/週(少し活動)、150分以上(活動)に分けています。
多変量で補正した後の成績です。活動する人に比べて不活動の人の入院率は2.26倍、ICU入室率は1.73倍、死亡が2.49倍でした。
少し活動する人と比べても、入院率1.20倍、ICU入室率1.10倍、ICU入室率1.32倍です。
基礎疾患がある方は運動量も低くなりやすいのでバイアス(統計学の偏り)がかかりそうです。しかし基礎疾患有無で補正していますし、運動しないリスクが基礎疾患によるリスクより高く出ていて、運動の影響は実際にありそうです。
人の少ない場所の散歩はコロナ感染のリスクが小さいです。ぜひ運動を続けましょう。
令和3年4月17日
高齢者の持効型インスリン
インスリンが発見されてしばらくは、頻回注射が基本でした。当時は使い捨て注射器やペン型注射器はありません。準備も大変でしたし、注射針も太いものでした。1日に何回も注射するのはとても苦痛でした。そのため1日1回で済むインスリンが熱望され、作用時間の長いNPHインスリンやレンテインスリンが開発されました。
1日1回のインスリン注射で済むということは、細かな血糖調整が難しいことでもあります。そのため、糖尿病合併症が抑えきれず、NPHインスリンやレンテインスリンの時代はいわゆるインスリン暗黒時代でもありました。
長く効くインスリンに、ウルトラレンテインスリンがありました。レンテインスリンよりも結晶が大きく作用時間が長いのですが、皮膚からの吸収が大きく変動し、レンテインスリンほど血糖の上昇を抑えきることができず、持効型インスリンの試みは失敗に終わりました。
インスリンはプロインスリンが分解して作られます。プロインスリンはインスリンと比べて作用が数倍長くもちます。これも持効型インスリンとして使えないか試されたのですが、成長因子としての作用があり、動脈硬化促進や発癌性が懸念されて中止になりました。
今は多様なインスリンが選べる時代です。20-24時間作用型、さらには40時間作用型のインスリンが開発されています。注射器具も改良され、頻回注射が現実的になっています。ちなみに1型糖尿病では1日4回注射が基本です。
高齢者でインスリン注射を始める人が増えています。そのとき従来のNPHインスリンより、新しい持効型インスリン(ランタス、レベミル)の方が重篤な低血糖が少ないという論文(JAMA Intern Med 2021)が出ました。これまでも同様の論文が出ていますが、対象を高齢者に限ったこと、食前インスリンの併用の有無を分けて分析したことが新しいようです。
2007年から2019年のMedicare(健康保険)データの解析で、65歳以上でインスリンを初めて使った人(575,008人)が対象です。古いデータも使われているようですが、ランタスの発売が2000年です。結論はこれまでと同様です。食前インスリンを併用していない場合、持効型インスリンの方がNPHインスリンより3割ほど低血糖リスクが少なくなりました。
NPHインスリンでインスリン治療を始めることはずいぶん前からしていません。ランタス、さらに作用時間の長いトレシーバで始めています。
最後になりましたが、今年はインスリン発見100周年です。多様なインスリンが開発されてきたことに感謝します。
令和3年4月16日