GLP1受容体作動薬による依存症治療の可能性
GLP1受容体作動薬を使っている人は依存症リスクが下がるようです。アルコール、コカイン、オピオイド依存症への期待は、エキセナチド(バイエッタ)、リラグルチド(ビクトーザ)など第一世代のGLP1受容体作動薬が使われるようになったころからささやかれていましたが、セマグルチド(オゼンピック)など第2世代のGLP1受容体作動薬が使われるようになって、期待が大きくなりました。今回、アルコール使用障害に対する論文が出ましたので紹介します(JAMAPsyciatry 2024)。
スエーデン全国規模の住民対象研究です。2006年1月から2023年12月までのデータ解析で、16-64歳の227,866人、全員がアルコール使用障害です。平均年齢40歳、フォロー期間8.8年、男性63.5%です。フォロー期間中に133,210人(58.5%)がアルコール使用障害で入院しました。
スエーデンは歴史的にアルコール依存症が多い国です(Scandinavian journal of public health 2008)。男性の8.6%、女性の4.5%が大酒飲みで、男性の4.1%、女性の2.5%がアルコール依存症と報告されています。
論文紹介に戻ります。GLP1受容体作動薬の効果ですが、セマグルチドを使っている人、次にリラグルチドを使っている人でアルコール使用障害や物質使用障害で入院するリスクが少なくなっていました。アルコール使用障害、物質使用障害で入院するリスクはセマグルチドでそれぞれ0.64、0.68、リラグルチドで0.72、0.78でした。アルコール依存症の薬では入院リスク0.98とわずかしか下がらず、GLP1受容体作動薬と大きく違っていました。身体的問題で入院するリスクもセマグルチド、リラグルチドを使っている人で0.78、0.79と少なくなっていました。
肥満/糖尿病でセマグルチドやリラグルチドを使っている人は飲酒に伴う入院が少なく、依存症の治療に使えるかもしれません。結論付けるにはまだまだ研究が必要ですが、効果が認められて使えるようになると良いですね。
令和6年12月27日
食べるなら”ダーク”チョコレート
チョコレートには抗酸化物質のフラボノイドが多く含まれています。フラボノイドは心血管系に良い効果があり、糖尿病を減らす報告があります。しかしチョコレートと2型糖尿病発症の関連ははっきりしていませんでした。もしかすると、いろんな種類のチョコレートをまとめて検討したため、結果が出なかったのかもしれません。今回チョコレートの種類をわけて検討した成績が発表されましたので、紹介します(BMJ 2024)。
研究対象集団(コホート)は看護師研究のコホート2つ、および男性医療従事者研究のコホート1つ、計3つです。この3つは疫学研究ではとても有名な米国のコホートです。はじめに糖尿病、心血管疾患、悪性疾患がある方を除いています。192,208人が参加し、うち111,654人のデータを解析しました。チョコレート全体をまとめた検討は1986年、1991年以降のデータを使っています。チョコレートの種類別検討は2006年、2007年以降のデータを使った検討になります。
4,829,175人・年観察中に、18,862人が2型糖尿病を発症しました。個人因子、ライフスタイル、食事リスク因子を補正しました。チョコレートの種類を問わない解析では、週に5サービング以上摂る人はほとんど摂らない人に比べて、10%ほど糖尿病の発症が少なくなっていました。なお1サービングはチョコレートバー1本/1パック、あるいは1オンス(28g)です。
次にチョコレートの種類別に検討しました。ダークチョコレートでは週に5サービング以上摂る人の糖尿病発症が21%少なくなっていましたが、ミルクチョコレートでは少なくなっていませんでした。ミルクチョコレートは砂糖が多くカカオ成分が少なくなります。これまでチョコレート研究の結果がはっきりしなかったのは、ミルクチョコレートを含めて分析していたからかもしれません。またダークチョコレートと異なり、ミルクチョコレートをよく食べる人では体重が増加していました。
食べるならダークチョコレートが良いようです。
令和6年12月7日
受胎してから1000日までの砂糖摂取
第二次世界大戦の時、英国は砂糖の供給を制限しました。この制限は1953年9月に撤廃されましたが、この月を境に砂糖消費量が2倍に増加しました。この状況を利用して、胎児期〜乳幼児期の砂糖摂取の影響を検討した研究(Science 2024)が報告されましたので紹介します。
対象は、UK Biobank データバンクに登録された 1951〜1956年に生まれた6万人超です(出生日が砂糖消費が急増した1953年9月をはさんでいます)。検討したのは、何十年も先の糖尿病と高血圧の発症です。約4000人が糖尿病を発症し、ほぼ2万人が高血圧を発症しました。
受胎してから1000日までの砂糖摂取の影響をみました。この時期に砂糖消費が少ない人は、砂糖の消費が多い人に比べて糖尿病と高血圧のリスクがそれぞれ35%、20%低くなっていました。発症年齢もそれぞれ4年、2年遅くなっていました。
胎児期だけ砂糖消費が少ない場合(砂糖制限撤廃後に出生)、糖尿病と高血圧のリスクはそれぞれ15%、5%低くなっていました。砂糖の影響は胎児期から明らかで(リスク低減の1/3は胎児期の制限で説明可能)、固形食が始まる生後6ヶ月以降で強くなりました。
人生のごく初期の砂糖摂取が何十年ものちの糖尿病や高血圧の発症に影響するようです。
令和6年11月29日
でんぷん食の歴史:唾液腺アミラーゼ遺伝子の分析
アミラーゼはでんぷんを分解する酵素で、唾液腺アミラーゼと膵アミラーゼがあります。今回は唾液腺アミラーゼの話です。
ヒトでは唾液腺アミラーゼ遺伝子のコピーがたくさんあります。コピーがたくさんあると、酵素量が増えます。ヒトに近い類人猿であるチンパンジーは唾液腺アミラーゼ遺伝子コピーがなく、ボノボは唾液腺アミラーゼが働いていないようです(Nat Genet 2007:遺伝子はありますが、破壊コード配列がある)。彼らは果実を食べますが、でんぷんの多い球根・根菜などは食べないのです。
哺乳類の唾液腺アミラーゼ遺伝子コピー数を調べた研究では、でんぷん摂取量と唾液腺アミラーゼ遺伝子コピー数に関連があります(eLife 2019)。唾液腺アミラーゼ遺伝子コピー数は効率的なでんぷん消化と関連しています。現代人は唾液腺アミラーゼ遺伝子AMY1を最大9コピーまで持つようですが、地域的にみるとでんぷん摂取の食文化と関連しています。歴史的にみると、唾液腺アミラーゼ遺伝子コピーが大きく増えたのは西ユーラシア大陸では4000年前からで、農業革命〜農業文化の広がりと関連しています(Nature 2024)。
歯石の分析から人類の祖先は狩猟採集文化においても植物を食べていたことが証明されています。もっとさかのぼって、ヒトが唾液腺アミラーゼ遺伝子のコピーを持つようになったのはいつ頃でしょうか。唾液腺アミラーゼ遺伝子を分析することによって、でんぷん摂取の歴史が分かるかもしれません。
狩猟採集文化時代でも4−8のアミラーゼ遺伝子コピーが認められます。ありふれた3コピーの歴史を辿ると、80万年前から人類の祖先は唾液腺アミラーゼ遺伝子コピーを持っていたようです(Science 2024)。ヒト以外の類人猿は唾液腺アミラーゼ遺伝子コピーを持ちませんので、大変な発見です。でんぷん食は人類の祖先の特徴であり、でんぷん食が人類の進化にどう関わっていたのか想像するのも楽しいです。
「遺伝子は急に変化しない、昔に戻って炭水化物を摂らないのが自然だ」と主張する人がいますが、どうも間違っていそうです。
令和6年11月6日