飲酒とストレス発散
アルコールは少量でも発癌性があり、医学的には以前よりも寛容でなくなってきています。少し前まで「少量飲酒は長寿」と言われてきたので、飲酒家には辛い現実ですね。
今回紹介するのは、少量飲酒のストレス発散、心血管系イベントへ抑制硬化の検討です(J Am Coll Cardiol 2023)。
ストレスを受けると、脳の扁桃体の活動が亢進し、内側前頭皮質の活動が低下します。脳MRI/PET検査を使うと、こういったストレス関連神経ネットワーク活動(SNA:stress-related neural network activity)を調べることができ、その人のストレス状態を推定することができます。
この研究にはMass General Brigham Biobankから、53,064人(平均60歳、女性60%)が参加しました。全く飲まない/極少量飲む人は27,053人でした。平均3.4年観察し、その間に1,914人が心血管系イベントを発症しました。少量/中等度の飲酒者のリスクは全く飲まない/極少量飲む人に比べて減少していました(ハザード比0.786)。不安を持つ人ではさらにリスクが小さくなり、ハザード比0.60でした。
713人が脳MRI/PET検査を受けました。少量/中等度飲む人のSNAは、全く飲まない/極少量飲む人に比べて減少していて(標準回帰係数-0.192)、SNAの減少と心血管系イベントに関連が認められました。
中等度を超える飲酒では逆にSNAが増加していました(=ストレス状態)。
この論文の「全く飲まない/極少量飲む」は週に1ドリンク未満、「少量飲酒」は週に1-6ドリンク、「中等度飲酒」で7-14ドリンクです。米国の1ドリンクはアルコール14-15g、ビールなら12オンス缶(350ml)に相当します。
はじめに書きましたが、アルコールは少量でも発癌性が認められ、飲酒を積極的に勧めることはありません。
飲酒すると顔が赤くなる人(昔に赤くなっていた人を含む)は注意が必要です。顔が赤くなるのはアルコールが代謝されてできるアセトアルデヒドの影響です。アセトアルデヒドは交感神経を刺激します。今回の対象は8割強が白人で、顔が赤くなりにくい人たち(=アセトアルデヒドが多くなりにくい)です。顔が赤くなる人はもっと少ない量でストレス状態になるかもしれませんね。
令和6年1月26日
追記:1ドリンク(1杯)は国によって異なります。
米国 1ドリンク 14-15g:ビール12オンス(350ml)
日本1ドリンク 〜20g:日本酒1合(180ml)
英国1ドリンク 8g
早い朝食と早い夕食が良い
食事リズムは末梢組織の日内時計を同期させます。同期される末梢組織は主に肝臓ですが、その他に心臓、腎臓、膵なども含まれ、糖代謝や脂肪代謝、血圧にも影響を与えることが知られています。
毎日の食事リズムと脳心血管系イベントの関連を検討した成績が発表されましたので、紹介します(Nature Communications 2023)。
NutriNet-Santeコホート(2009-2021)で、103,389人の成人が参加しています。79%が女性で、観察開始時の平均年齢42.6歳です。平均7.2年観察し、観察期間中に脳卒中が253人、一過性脳虚血発作が765人、冠動脈疾患が1,071人(心筋梗塞162人、冠動脈形成術428人、急性冠動脈症候群89人、狭心症428人)発症しています。
食事時間との関連を検討していますが、「朝食」「夕食」ではなく、「最初の食事」「最後の食事」で分析しています。朝食スキップは「遅い最初の食事」の分類になります。
「最初の食事」が遅い(午前9時以降)人は、早い(午前8時以前)人に比べて、脳心血管系イベントのリスクが1.14と高くなっていました。
同様に「最後の食事」が遅い(午後9時以降)人は、早い(午後7時以前)人に比べて、脳心血管系イベントのリスクが1.13と高くなっていました。
「遅い食事時間」によるイベントリスクの増加は、特に女性で高くなっていました(「最初の食事」が遅い人のリスクが1.24、「最後の食事」が遅い人のリスクが1.26)。
1日の食事回数と脳新血管系イベントには関連がありませんでした。
夕食は早めに、朝食も早めが良いようです。
令和6年1月24日
余暇時間の運動と糖尿病性最小血管障害(網膜症、腎臓障害、神経障害)
余暇時間の運動は、仕事で身体を動かすのと異なった健康上のメリットがあります。今回、余暇時間の運動と糖尿病性最小血管障害(網膜症、腎臓障害、神経障害)の関連を検討した成績が報告されましたので紹介します(Diabetes Care 2023)。
この報告をみると、余暇時間の運動はどの運動量であっても最小血管障害を予防するのに効果がありそうです。ただ残念なことに網膜症には効果がないようです。
この研究には2型糖尿病18,092人が参加しました(UK Biobank)。運動量を参加者に自己申告してもらい、週当たりのMET・時間に集計して分析しました。
METというのは「安静時の何倍の強さで運動している」かを示す運動強度の単位です。座って安静にしている状態が1MET、普通歩行が3METsです。運動量は、運動強度に運動時間を掛けてMET・時間で計算しました。
参加者を運動量(MET・時間)で分類しています。
運動なし:0 MET・時間
推奨以下の運動量:0-7.49 MET・時間
推奨運動量:---7.5-14.9 MET・時間
推奨以上の運動量:---15 MET・時間 以上
12.1年経過観察しました。その間に 672人(3.7%)が神経障害を、1,839人(10.2%)が腎障害を、2,099人(11.7%)が網膜症を発症しました。
「運動なし」を基準に最小血管障害の発症リスクを計算しました。
神経障害の発症リスクは
「推奨以下の運動量」で0.71、
「推奨運動量」で0.73、
「推奨以上の運動量」で0.67でした。
腎障害の発症リスクは、それぞれ0.79、0.80、0.80でした。網膜症では発症リスクの減少はありませんでした。
神経障害と腎障害の発症リスクを減らす最低運動量は週に1.5時間の歩行でした。
軽い運動でも神経障害と腎障害の予防が期待できそうです。ぜひ運動しましょう。
令和5年12月25日
「収縮する力が保たれた心不全」はメタボ心臓?
心不全は心臓の働きが悪くなり、むくみや息切れをおこしてくる病気です。
心不全は心臓の「収縮する力が弱くなった」病気と考えられてきました。しかし「収縮する力が保たれている心不全」もあり、これが心不全患者の半数を超えることが分かってきました。心臓の「拡がる力」が弱くなった心不全です。
心臓の収縮力は左室駆出率(EF)で示されます。英語で心不全はheart failure(HF)です。左室駆出率(EF)が低下(r: reduced)した心不全をHFrEF(ヘフレフ)、保たれている(p: preserved)心不全をHFpEF(ヘフペフ)と略します。
左室駆出率(EF)40%未満がHFrEFで、50%以上がHFpEFです。中間の40-50%はHFmrEF:収縮機能が軽度低下した心不全です。
HFrEFとHFpEFの臨床症状(息切れ・呼吸困難、浮腫など)は似ています。しかし薬の効果が異なり、HFrEFに効く薬(ACE阻害剤/ARB、β遮断剤など)がHFpEFに効きません。そのためHFpEFの治療は利尿薬や血管拡張薬などに限られていました。
前置きが長くなりました。
最近、セマグルチド(オゼンピック:GLP1受容体作動薬)が肥満患者のHFpEFを改善することが報告されました(NEJM2023)。
この論文で使われているセマグルチドの量(2.4mg週1回注射)は、日本で認可されている量より多いので注意して下さい。
この研究に参加した人はBMI30以上でHFpEFを有する529人です。体重はセマグルチド群で13.3%減少し、偽薬群は2.6%の減少にとどまりました。KCCQ-CSS(心不全症状アンケート)はセマグルチド群で改善度が高く(セマグルチド群16.6点、偽薬群7.8点)、6分間歩行距離もセマグルチド群で長くなりました(同21.5m、1.2m)。これらの結果は、HFpEFがセマグルチド投与で改善したことを示します。
心筋にはセマグルチドが作用するGLP1受容体がありません。セマグルチドが心筋に直接作用することはなく、体重減少や種々の代謝系変化を介してHFpEFを改善させたと考えられます。HFpEFを広義のメタボリックシンドロームと考えて良さそうです。
我が国では高齢者が増えてきていて、高齢心不全患者が大幅に増加すること(心不全パンデミック)が予想されています。HFpEFの病態解明が進み、治療法が確立することを期待します。
令和5年11月29日