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糖尿病の歴史15 (麻薬も糖尿病の薬)

糖尿病は不治の病で、いろいろな治療法が試されてきました。

古代エジプトでは血玉髄(酸化鉄の混じった細かい石英結晶)、赤小麦、キャロブでした。古代インドではギムネマが試されました。

ギムネマの薬効成分であるギムネマ酸は不思議な性質を持っています。ギムネマを摂ってから砂糖を舐めると、砂糖の甘さが感じられなくなります。血糖を下げる効果も幾分あるようです。ギムネマをお茶で飲む研究は日本で報告されました(米子医誌1987)。インドでは一般に粉末にしてスプーンですくって飲むそうです。


古代ローマのケルスス(1世紀)は「運動やマッサージ、収れん性の食品・酸っぱいワイン、浣腸」を勧めました。麻薬はアルキゲネス(2世紀)が試しています。麻薬は腎の刺激をなだめる作用(糖尿病は腎の病気と考えられていた)があるとされ、19世紀まで糖尿病治療に使われました。実は麻薬そのものに血糖を下げる力はありません。麻薬の作用で食欲が低下し、食べなくなることで血糖が改善していたことが明らかになっています。

イェティウス(550年頃ギリシア)は瀉血、催吐剤、麻薬を使っています。イスラムの天才、スィーナは薬草(フェヌグリーク、ルピン(豆類)、ワームシード)を紹介しています。西洋人で初めて尿を舐めたウィリスは「牛乳、米、石灰水、糊状のねっとりした食品、アンチモン、ドーバー粉末とテバイカチンキ(麻薬)」を使っています。モートンは牛乳ダイエット、血液が甘いと言ったドブソンは、「できる限り多く食べる(肉と力が尿に出てしまうのを補う)」としています。

どれも大きな効果は期待できないものでした。


平成27年6月16日

糖尿病の歴史14 (尿糖測定法の開発)

尿糖がブドウ糖であることを発見したのはシュヴルールです(1815年)。

尿糖(ブドウ糖)測定法は、1830年にカール アウグスト トロマーによって開発されました。測定原理は熱-銅還元法です。ブドウ糖はアルカリ性溶液中で環状構造から鎖状構造に変化し、還元作用を有するアルデヒド基(-CHO)が生じます。このアルデヒド基による還元作用によって重金属塩が沈殿し、固有の色調を呈するわけです。トロマー法は、のちにフェーリングによって改良されます。

しかしながら一般臨床医に好まれたのはもっと簡単な方法のようです。1862年、ウィリアム ロバーツによって尿糖酵母法が発表されました。尿に酵母を加えると、発酵してブドウ糖が消費されます。これを比重の変化で簡易測定する方法です。

尿+酵母 24h→ 比重低下(x0.23)

ともあれ尿糖検査が開発されたおかげで、臨床医は尿を舐める必要がなくなりました。


附)
私が卒業した頃の阪大では診察室の裏で尿糖を測定していました。最初に尿糖検査紙(テステープ)を使います。尿糖が少ない場合はこれで終了ですが、尿糖が多い場合は飯塚氏法簡易尿糖定量法(還元法)を追加しました。試験管に飯塚氏液をとり、加熱しながら少しずつ尿を滴下して色の変化に要した尿滴下数を勘定しました。昔の思い出です。


平成27年6月5日

糖尿病の歴史13 (血液も甘い 1775年)

マチュー ドブソンは英国リバプールの内科医です。彼も糖尿病患者の尿(ピーター ディッコンソン、1日に15Lの尿!)を乾燥させ、尿に甘さ物質が含まれていることを確認しました(1775)。彼の偉いところは、血液も甘いことに気づいたことです。甘さのもとが血液の中にあるなら、糖尿病は腎臓の病気ではありません。では甘さはどこからきたのでしょうか。ドブソンは「甘さは胃で発酵されて産生された」と考え、糖尿病は胃の病気!と主張しました。


8オンスの血液を採取し、しばらく置くと次の様相が現れる。。。血清は白濁し、チーズ乳清のごとくである。血清は甘いが、尿ほど甘くないと思った。

糖尿病が体質の病気であり、ある意味で不完全な消化・同化の病態と考えられるなら、その治療法は消化力を高め、完全な同化反応を確立することにあるのは明らかだ。


血糖は尿糖に比べて格段に薄いので、よほど高血糖にならないと甘味を感じません。先ほど紹介したフランシス ホームは、「自分も舐めてみたが患者の血液は甘くなく、甘さ物質の出所は腎臓」としています(=糖尿病は腎臓の病気)。この問題に最終決着をつけたのはジョージ オゥエン リース(1813-1889)です。彼は1838年に糖尿病患者の血液からいかにして尿糖が出るかを証明しました。


平成27年5月12日

糖尿病の歴史12 (病名に甘さが加わる)

糖尿病は、英語で "diabetes mellitus" といいます。初めの単語 "diabetes" は、カッパドキアのアレタイオスが説明したようにギリシア語に由来します。「dia は〜を通して」、「betes は行く」、であり、”diabetes” は「留まらずに通り抜ける」という意味です。つまり、「液体が身体の中に留まることがなく、身体を梯子のように使う」です。では次の単語 "mellitus(蜂蜜のように甘い)"という言葉はいつ、どのようにつけられたのでしょうか。

おしっこがたくさん出る病気はいくつかあります。糖尿病はその代表ですが、ほかに尿崩症という病気があります。尿崩症は頭の中(下垂体後葉)で作られる抗利尿ホルモンが不足して起こる病気です。おしっこを濃くすることが出来なくなり、尿量が増えます。尿糖は出ませんので、おしっこを舐めても甘くありません。「おしっこの味がちがうぞ」ということで、2つの病気が区別されるようになり、病名も2つに分けられました。diabetes insipidus (尿崩症)とdiabtes mellitus(糖尿病)です。insipidusは「味気ない、無味」という意味です。

誰が最初に "mellitus" をくっつけたのかはよくわかりません。いろいろな説があり、その一人がウィリアム カレンです。カレンはスコットランドの医師・化学者・農業者です。エーテル気化による温度低下を利用して少量の氷を作り(1755年)、冷凍技術の父と呼ばれる人です。

少し脱線しますが、アルコールは抗利尿ホルモンの出方を抑えます。ビールのような水分の多いアルコール飲料であっても、飲んだ量を超えるおしっこが出て、脱水になります。アルコールを摂ったときは努めて水分を補給するようにしましょう。


平成27年5月9日

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