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身体活動パラドックス:余暇時間の運動が大切

一般に「運動は身体に良い」と言われています。しかし「仕事中の身体活動量」が多い場合は命を縮めます。これは身体活動パラドックスと呼ばれています。

まずメタ解析論文(Br J Sports Med 2018)を紹介します。この論文は17研究、総193,696人を解析しています。仕事中の身体活動量が多い男性は、仕事中の活動量の低い男性に比べて18%早期死亡が増えていました

仕事中の身体活動が身体に悪いのはなぜでしょうか。余暇時間と仕事中では「身体活動の質」が異なるからと考えられます。

「仕事中の身体活動」は、健康維持に必要な活動強度がなくてだらだら続いたり、単調で一定の姿勢を続けたり、十分な回復時間がないかもしれません。ストレスで一日を通して血圧・脈拍が上がるかもしれません。

比べて「余暇時間の身体活動」は短時間で十分な強度の動的活動が行われ、回復時間もきっちりとれることが多いと考えられます。

今回、新しい論文(Eur Heart J 2021)が出ましたので紹介します。対象は2003-2014年にコペンハーゲン一般住民研究データベースに登録した104,046人(20-100歳)で、交絡因子を検討して研究の精度を高めています。

10年(中央値)の経過観察期間中に、7913人のMACE(主要心血管疾患:致死性心筋梗塞、非致死性心筋梗塞、致死性脳卒中、非致死性脳卒中、他の冠動脈血管死)があり、全部で9846人が死亡しています。

「余暇時間の身体活動」で検討すると、中等度、高強度、超高強度の活動をしている人はあまり活動していない人に比べて、補正後MACEリスクが14%,、23%、15%ほど減少しました。

一方、「仕事中の身体活動」で検討すると、高強度、超高強度の活動をしている人は15%、35%ほどリスクが増大していました。

全死亡のリスクも同様でした。「余暇時間の活動」ではそれぞれ、26%、41%、40%減少し、「仕事時間の活動」では13%、27%増加していました。

「仕事中の身体活動」は「身体にとって良い運動」とは別物ですね。


令和3年6月4日

運動の効果はこんなところにも

身体活動と新型コロナウイルス感染症の重症化リスクの論文が出ました(Br J Sports Med 2021)。

この論文では、入院率、集中治療室(ICU)への入室率、死亡率を、年齢、人種、基礎疾患の有無だけでなく、運動習慣別に比較しています。

2018年3月〜2020年3月に少なくとも3回の運動資料があり、2020年1月〜2021年10月に新型コロナウイルスに罹患したKPSCヘルスプラン加入者48,440人が対象です。運動量は自己申告です。0-10分/週(不活動)、11-149分/週(少し活動)、150分以上(活動)に分けています。

多変量で補正した後の成績です。活動する人に比べて不活動の人の入院率は2.26倍、ICU入室率は1.73倍、死亡が2.49倍でした。

少し活動する人と比べても、入院率1.20倍、ICU入室率1.10倍、ICU入室率1.32倍です。

基礎疾患がある方は運動量も低くなりやすいのでバイアス(統計学の偏り)がかかりそうです。しかし基礎疾患有無で補正していますし、運動しないリスクが基礎疾患によるリスクより高く出ていて、運動の影響は実際にありそうです。

人の少ない場所の散歩はコロナ感染のリスクが小さいです。ぜひ運動を続けましょう。


令和3年4月17日

高齢者の持効型インスリン

インスリンが発見されてしばらくは、頻回注射が基本でした。当時は使い捨て注射器やペン型注射器はありません。準備も大変でしたし、注射針も太いものでした。1日に何回も注射するのはとても苦痛でした。そのため1日1回で済むインスリンが熱望され、作用時間の長いNPHインスリンやレンテインスリンが開発されました。

1日1回のインスリン注射で済むということは、細かな血糖調整が難しいことでもあります。そのため、糖尿病合併症が抑えきれず、NPHインスリンやレンテインスリンの時代はいわゆるインスリン暗黒時代でもありました。

長く効くインスリンに、ウルトラレンテインスリンがありました。レンテインスリンよりも結晶が大きく作用時間が長いのですが、皮膚からの吸収が大きく変動し、レンテインスリンほど血糖の上昇を抑えきることができず、持効型インスリンの試みは失敗に終わりました。

インスリンはプロインスリンが分解して作られます。プロインスリンはインスリンと比べて作用が数倍長くもちます。これも持効型インスリンとして使えないか試されたのですが、成長因子としての作用があり、動脈硬化促進や発癌性が懸念されて中止になりました。

今は多様なインスリンが選べる時代です。20-24時間作用型、さらには40時間作用型のインスリンが開発されています。注射器具も改良され、頻回注射が現実的になっています。ちなみに1型糖尿病では1日4回注射が基本です。

高齢者でインスリン注射を始める人が増えています。そのとき従来のNPHインスリンより、新しい持効型インスリン(ランタス、レベミル)の方が重篤な低血糖が少ないという論文(JAMA Intern Med 2021)が出ました。これまでも同様の論文が出ていますが、対象を高齢者に限ったこと、食前インスリンの併用の有無を分けて分析したことが新しいようです。

2007年から2019年のMedicare(健康保険)データの解析で、65歳以上でインスリンを初めて使った人(575,008人)が対象です。古いデータも使われているようですが、ランタスの発売が2000年です。結論はこれまでと同様です。食前インスリンを併用していない場合、持効型インスリンの方がNPHインスリンより3割ほど低血糖リスクが少なくなりました

NPHインスリンでインスリン治療を始めることはずいぶん前からしていません。ランタス、さらに作用時間の長いトレシーバで始めています。

最後になりましたが、今年はインスリン発見100周年です。多様なインスリンが開発されてきたことに感謝します。


令和3年4月16日

ジャヌビアの多面的な作用

ジャヌビアがコロナウイルス感染症の死亡率を下げる論文を紹介しましたが、移植免疫の抑制にも効果があるようです。

免疫に関わるT細胞(リンパ球)の表面にCD26という分子があります。活性化されたT細胞の表面に多く出てきますので、T細胞を活性化させる抗原として知られています。またCD26の発現が多いT細胞が自己免疫疾患で増加していることが報告されています。

ジャヌビアはご存じの方も多いと思いますが、DPP4(dipeptidyl peptidase 4:ジペプチジル ペプチダーゼ 4)阻害剤です。DPP4はインスリン分泌を補助するインクレチンを分解します。ジャヌビアはインクレチンの分解を抑えてインスリン分泌を促進し、血糖を下げます。

CD26とジャヌビアの関連はどこにあるのでしょうか。CD26とDPP4は別個に研究されてきましたが、実はこの2つは同一分子だったのです。そのため、ジャヌビアなどDPP4阻害薬の開発にあたって、免疫に関わる副作用もチェックされました。

ラット臓器移植モデルでDPP4阻害剤を投与すると急性拒絶反応が抑えられ、移植片が長持ちすることが知られています。今回、ヒトにおいてジャヌビア(DPP4阻害薬)が臓器移植に伴う急性拒絶反応を抑制することが報告されました(NEJM 2021)。対象は36人、シクロリムス、タクロリムスと併用です。少人数で比較対象の群は設けていませんが、興味深い結果ですね。


令和3年3月31日

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