パラシュートなしで飛行機から飛び降りる
医学雑誌には楽しいジョーク論文が掲載されることがあります。今回は英国医学雑誌(Br Med J)に発表された論文を紹介します。
EBM(Evidence based Medicine)をご存知でしょうか。日本語にすると「確固とした証拠(エビデンス)に基づく医学」で、経験や思い込みに基づく治療を否定します。考え方は正しいのですが、残念なことに確固とした証拠(エビデンス)がないと始まりません。そしてそのエビデンスを得るのがなかなか難しいのです。
たとえば「飛行機から飛び降りるのにパラシュートが必要か」という命題はどうでしょうか。
「文献検索をしたが、パラシュート着用がケガ予防になるという無作為化試験はこれまでなされていない。万人が利益を受けるには、パラシュート着用が必要であるというエビデンスを作るのが望ましい」という結論になります(Br Med J 2003)。
エビデンスを作るにはパラシュートなしで飛行機から飛び降りるコントロール(対照)が必要です。そんなことは倫理的にできませんので、この命題に対するエビデンスは永遠に作れないのです。
ところが15年経って、ついにパラシュートなしで飛び降りた実験結果が掲載されました(Br Med J 2018)。
対象は2017年9月から2018年8月までに飛行機あるいはヘリコプターに乗船した18歳以上の乗客です。92人に声をかけ、23人が研究に承諾しました。承諾した23人を「パラシュートあり」と「パラシュートなし」に無作為的に2群に分け、実際に飛行機から飛び降りてもらいました。主要観察項目は大きな外傷です。
その結果、「パラシュートなしで飛び降りても外傷は起こらなかった。飛行機から飛び降りるに当たってパラシュートを着用する必要はない」というエビデンスが得られました。
すごいエビデンスですね。論文の考察には「このエビデンスを一般的なスカイダイビングに当てはめるには、飛び降りる時の状況に十分留意する必要がある」と書かれています。
あわてて読むと細かな条件を読み飛ばしてしまいます。この実験は、「地面に止まっている小型飛行機から飛び降りる実験」でした。「試験を承諾した人たち」と「承諾しなかった人たち」では飛び降り条件に差があり、「承諾した人たち」は飛び降り高度0.6m、速度0km/hだったのに対して、「承諾しなかった人たち」は 9146mと800km/hでした。
結論だけ読んで早合点してはいけませんね。条件をしっかり読む必要があります。この論文は、エビデンスの取り方、分析・解釈、実地に当てはめる時の注意点など、本物の論文を読むときのポイントを教えてくれます。皆さんも早合点しないようにしましょう。
平成31年2月7日
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