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柔軟運動も死亡リスクを下げる

柔軟運動(ストレッチ)をしていますか? 柔軟運動をすると関節の可動域が広がり、身体が動かしやすくなって外傷が少なくなります。「柔軟運動と死亡リスク」を検討した研究は少ないのですが、韓国から「柔軟運動は全死亡や心血管系死亡を減少させる」報告が発表されました。同じアジア人ですので参考になるかもしれません。

対象は、韓国国民健康栄養調査登録の34,379人(20-79歳:開始時の平均年齢47.9歳)です。平均9.2年観察し、その間に1,622人が死亡しています。この論文では、3つの運動(柔軟運動、中等度以上の有酸素運動、筋肉トレーニング)と死亡の関連を検討しています。性別、居住地、教育、職業、収入、婚姻、タバコ、飲酒、自己申告の健康状態で補正(モデル1)、さらにBMIで補正(モデル2)、次に糖尿病、高血圧、脂質異常症で補正(モデル3)をしています。

(1) 柔軟運動
 週に5日以上の人を0日の人と比較しますと、柔軟運動をする人の全死亡リスクは0.80(p-trend<0.001)、心血管死亡リスクは0.75(p-trend=0.02)と減少していました。

(2) 中等度以上の有酸素運動
 週に50Mets-h以上の人を0Mets-hの人と比較しますと、有酸素運動をする人の全死亡リスクは0.82(p-trend<0.001)、心血管死亡リスクは0.55(p-trend<0.001)と減少していました。10Mets-hを超える運動から有意差がでてきます。一般的なジョギングは6-8Metsです。週に50.0Mets-hの運動は毎日1時間ジョギングする運動量に、週に10Mets-hの運動は1日おきに25分ジョギングする運動量に相当します。

(3) 筋肉トレーニング
 週に5日以上の人を0日の人と比較しますと、筋肉トレーニングをする人の全死亡リスクは0.83(p-trend=0.01)でしたが、心血管死亡リスクの減少は認めませんでした。

中等度以上の有酸素運動では膀胱癌、乳癌、大腸癌、子宮癌、食道癌、胃癌、腎癌のリスクも下がっていました。散歩を含めた有酸素運動、柔軟運動や筋肉トレーニングでは癌リスクの低下は認めませんでした。

運動で最も強い効果があるのは中等度以上の有酸素運動ですが、負担の少ない柔軟運動でも死亡リスクを減らす効果があるようです。


令和6年4月10日

痛風腎

尿酸は肉食過多、アルコールで増加します。ですから昔の痛風はぜいたくができる特権階級の病気でした。「庶民と生まれが違う」から痛風がおこるのであり、「痛風は貴族のあかし」とされた時代もありました(欧州の話です)。こういった幻想は商人たちの経済力が上昇し、商人階級に痛風が起こるようになって消えていき、18世紀後半には痛風は怠惰と不摂生によるものとされました。日本の痛風患者の増加は最近のことで、貴族なみの生活(?)がおくれるようになってからです。

痛風腎と称される病気がありますが、1980年代以前と以後では病気の概念が変わっているように思います。「痛風特有」の腎の病理変化も発表されたのですが、1980年代にその病理所見が痛風に特有でなく(後述)、当時痛風腎とされていた多くの症例が鉛中毒による腎障害であることが分かってきました。「痛風→腎障害」ではなく、「腎障害→痛風」だったのです。1988年に日本で国際プリンピリミジン代謝学会が開催されました。その中で、痛風腎は消えゆく病気だが、家族性若年性におこる痛風腎を忘れないでね、という発表があり、時代の移り変わりを感じました。この家族性若年性高尿酸血症性腎障害はウロモジュリン遺伝子変異による顕性(優性)遺伝疾患で、痛風腎とは別物です。

現在では高尿酸血症による腎障害は大きく3つに分類されています。

1つ目が非解離性尿酸(uric acid)による腎障害、これは主として腫瘍細胞が壊れたとき(白血病の抗癌治療時など)に大量にできる尿酸結晶が腎臓の遠位尿細管や集合管に詰まるもので、特殊な状況での合併症です。

2つ目が解離性尿酸(urate)による慢性腎障害です。尿酸結晶が腎髄質の間質にたまり、炎症を引き起こして間質の線維化や慢性腎障害をもたらします。痛風患者では腎硬化症が多く臨床的に他の腎疾患と区別することが困難です。過去に痛風結節をおこした人にみられますが、合併頻度が少なく腎生検をしないと分からないことが多いとされています。

痛風腎の概念を難しくしているのは、髄質に解離性尿酸結晶の沈着があっても、それが痛風を伴わない腎不全患者にもみられ、まれに痛風も腎不全もない患者にもみられることです。腎機能が低下すると、残っている腎糸球体当たりの濾過尿酸が増加し、集合管内の尿酸濃度が高くなって結晶形成が促進すると提案されています。

3つ目が尿路結石です。尿中尿酸の濃度、尿pHが結石形成の重要な因子です。尿酸は尿pH7だと200mg/dlまで溶けますが、pH5だと15mg/dlまでしか溶けません。ずいぶん違います。尿路結石を予防するには水をしっかり摂って尿が濃くなるのを避け、肉類を減らし野菜などをよく摂って尿pHが下がらないようにしましょう(尿pHを上げる薬もあります)。

最後になりますが、高尿酸血症をアンブレラレビューした論文(BMJ 2017)では、高尿酸血症の合併症ではっきりしているのは痛風と尿路結石だけでした。アンブレラレビューというのはメタ解析論文を集めてさらに解析する手法で、メタ解析の上位解析になります。


令和6年4月3日

飲酒と痛風

ビール系飲料でよく「プリン体ゼロ」の広告を目にします。この広告が効果的なためか、プリン体ゼロなら飲酒しても大丈夫、尿酸は上がらないと勘違いする人がおられます。そんなことはありません。

「天空の神ユピテルもポダグラを怖れ、冥界の王ハデスもひるむ」

飲酒と痛風が関連していることは古くから知られており、ギリシャ・ローマ神話からも伺えます。ポダグラという女神が神格化された痛風で、父がバッカス(ディオニューソス)、母がビーナス(アフロディーテ)です。ディオニューソスはご存じの方が多いと思いますが、ワインの神様です。アフロディーテは愛の神様ですが、プラトンの「饗宴」ではアフロディーテは2重の神性(純粋な愛情と凡俗な肉欲)を持っています。つまり痛風神ポダグラは酒と歓楽が結びついて生まれた神様です。ローマ時代は痛風が流行していて、女性にも痛風がはやっていました。風紀の乱れがその原因とされたのもこういう文化背景があるからでしょう。なお、ローマ時代には鉛を含む「サパ」がワインの甘み付け保存料として使われていました。痛風の流行は鉛中毒による腎障害が原因と考えられます。

飲酒が痛風のリスクであることは古くから知られていたのですが、実際にお酒を飲んで尿酸が上がるかどうかはよく分かっていませんでした。古典的な実験で、数百gものエタノールを飲んで尿酸が増加することが報告(J Clin Invest 1962)されていましたが、少量飲酒では尿酸が増加しない成績が多かったのです。アルコールパラドックスです。

少し古い論文ですが、このパラドックスを解明した論文を紹介します(Purine and Pyrimidine Metabolism Vol.16 1992)。実験背景として、飲酒後に血中酢酸が大酒家で大きく上昇するが分かっていました(エタノール→アセトアルデヒド→酢酸の順に代謝が進みます)。酢酸はATP(プリン体の1種で生体内の高エネルギー物質)を使って代謝されます。仮説は「大酒家では飲酒後に酢酸が多くなり、ATP分解が進んで、最終産物である尿酸が増加する」というものです(ATP→AMP→IMP→イノシン→ヒポキサンチン→キサンチン→尿酸の順に代謝が進みます)。

20g/日以下の少量飲酒家と60g/日以上の大量飲酒家に集まってもらい、ウイスキー(エタノール換算で0.5g/kg)を飲んでもらいました。酢酸濃度は少量飲酒家で3.2+/-0.6mg/dl、大量飲酒家で4.6+/-1.1mg/dlと予想通り大量飲酒家で多くなりました。少量飲酒家では飲酒しても血漿ヒポキサンチン、キサンチン、血清尿酸とも変化がありませんでしたが、大量飲酒家では飲酒後に血漿ヒポキサンチン、キサンチンが増加して60分後にピークとなり、血清尿酸は120分後から増加を始めて180分後にピーク(増分0.9+/-0.4mg/dl)となりました。

論文の結論は「少量飲酒家では飲酒しても尿酸が上がらず、大量飲酒家では飲酒すると尿酸が上がる」です。ウイスキーはプリン体を含みませんので、プリン体ゼロのビール系飲料も同様です。

実はこの論文は私が書いたもので、朝日新聞の記事にもなりました。

令和6年3月27日

SGLT2阻害薬と尿アルコール検査

米国の話であって我が国では起こらない話ですが、興味をひいたので紹介します。
自動車運転時のアルコール(エタノール)検査の話(NEJM 2024)です。
米国では尿アルコールも自動車運転の検査に使われています。

60歳代(男性)の人が飲酒運転の罪に問われました。警察が行った4回の尿検査で、繰り返しエタノールが検出されたのです。彼は10ヶ月の間禁酒を続けていて、飲酒運転を否定しました。連絡を受けた主治医が新しい尿で再検すると、尿エタノール陰性でした。彼は5ヶ月前からSGLT2阻害薬(ジャディアンス)を服用しており、同薬の作用で尿糖(1000mg/dl)が出ていました。亜硝酸反応陰性、白血球反応陰性、尿培養はグラム陽性細菌<50,000CFU/mlでした。

主治医は保護観察所に電話をして、尿検体の保管状況を尋ねました。分かったことは、尿検体を室温で保管していたことでした。主治医は尿検体を冷蔵庫から出して室温に戻し、24時間後にエタノールを再検しました。今度は尿エタノール陽性でした。警察検査の尿エタノール陽性は、尿検体を室温保管中に発酵反応が起こり、エタノールが産生されたことによります。

糖尿病の歴史において、尿の発酵は大切な発見の一つでした。
フランシス ホーム(1719-1813)は、「糖尿病患者の尿に酵母を入れると発酵する。最初は甘く、最後は甘みがなくなり、スモールビールの味がする」と観察しま した。スモールビールは、二番麦汁から作ったビールのことです。

SGLT2阻害薬は尿糖を増やすので、おそらく酵母が混入してコントロール不良の糖尿病と同じ発酵現象が起きたのですね。


令和6年3月6日

追記:
我が国のアルコール検査は主に呼気検査が行われ、米国のようなことは起こりません。
道路交通法施行令 第 26 条の二の二(呼気検査の方法):法第六十七条第三項の規定による呼気の検査は、検査を受ける者にその呼気を風船又はアルコールを検知する機器に吹き込ませることによりこれを採取して行うものとする。


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