院長ブログ一覧

糖尿病の歴史34 インスリン発見前夜 ~血糖測定法の進歩 (1)

100年ほど前まで血糖はなかなか測れませんでした。血糖が尿糖より薄いこともありますが、 血液中の蛋白質が糖測定の邪魔をするからです。蛋白質を除いて糖を測定しますが、始めの除蛋白が難しかったようです。当時は血糖を正確に測ろうとすると、少なくて10ml、望ましくは25mlの採血が必要でした。この採血量の多さがインスリンの発見を阻んでいました。

1910年代になり、わずかの血液で血糖が測定できるようになりました。このおかげで、繰り返して、また小動物でも血糖を測ることができるようになりました。インスリン発見競争では、あちこちのグループが「膵臓抽出物が糖を下げること」をみていますが、最後の決め手がでませんでした。その中で後発組のバンティングとベストがインスリンを発見します(1921年)。彼らの成功の理由は「血糖を繰り返し測定して研究の質を高めた」ことにあります。彼らが認められたもう一つの理由は「 ヒトに投与可能な精製品を作り上げたこと」ですが、これはコリップの功績です。


平成28年2月18日

糖尿病の歴史33 インスリンの命名(1909年)

膵臓を摘出すると糖尿病が発症することが明らかにされ、膵島が糖尿病に関与しているらしいことまでわかってきました。しかし膵臓の役割はまだまだ不明確でした。「糖尿病は神経の病気」とするクロード ベルナールの呪縛が解けておらず、膵摘後の糖尿病も腹部神経叢が障害されたからだと考える人が多かったのです。

その中でインスリンが命名されました。命名者はベルギーの生理学者 ジーン ド メイヤー(1878-1934)です。彼は膵島に「血糖を下げるホルモン」があると推定し、1909年にフランス語で"insuline"と名付けたのです。1916年にはエドワード シャーピー シェーファーも同様の考えを示し、同じくインスリンと名付けています(参考:1921年にインスリンを発見したバンティング、ベストはアイレチン(Iletin)と呼びました)。

メ イヤーは膵臓の抽出物が糖尿病(膵臓摘出動物)の尿糖を下げ、症状を改善させることを見出しました。この抽出物は膵管を結紮し、膵臓が萎縮したのちに調製したものです。さらに肝グリコーゲン合成が膵臓の抽出物によって直接的に促進されることを発見しました。糖低下作用を抑制する血清も開発しています(インスリン抗体?)。彼の研究は第一次世界大戦によって阻まれ (研究所は死傷者処理所に衣替え)、先に進むことができませんでした。

平成28年1月25日

糖尿病の歴史32 糖尿病では 膵島に異常 (2)

レオニード ヴァシリーヴィッチ ソボレフ(ロシア:1876-1919)は条件反射の発見で有名なパブロフの弟子です。彼はオピーとは独立に、膵島と糖尿病の関連を発見しました(1901:膵管結紮時の膵の形態学的変化について。糖尿病や他疾患において)。これは彼の学位論文です。

膵管を結紮すると外分泌腺が萎縮しますが、膵島は生き残ります。彼はこの実験をウサギ、イヌ、ネコ、雄牛、子牛、羊、豚、鳥などさまざまな動物種で行いました(パブロフもウサギ3羽、実験に協力しています)。子牛の膵臓は外分泌が未発達であり、膵島が大きく、X因子(膵島から分泌されるホルモン:インスリンのことです)の抽出研究に適していることを見つけます。膵移植実験や人の解剖も行いました。

彼は「糖尿病を患っていない場合、膵島は正常である。すなわち、いろんな有害な影響を受けても、膵の消化腺部位よりかなり丈夫な部分である」、「15人の糖尿病患者の検討では、膵島は非常にもろい臓器である」ことを見つけます。

残念ながら彼の研究はこれ以上進みませんでした。多発性硬化症の影響、無理解な上司 (糖尿病は神経系の病気であるという考えで凝り固まっていた)、血糖検査に20ml必要という当時の実験技術などがその理由とされています。

注:糖尿病が神経系の病気である、という考えはクロード ベルナールの考えです。クロード ベルナールは神経系が病的に肝臓に作用し、肝臓が糖を血中に過剰放出することが糖尿病の原因と考えました (糖尿病の歴史27)


平成27年12月21日

糖尿病の歴史31 糖尿病では 膵島に異常 (1)

メーリングとミンコフスキーによって膵臓と糖尿病の関連が明らかになりました。次はランゲルハンス膵島(インスリン分泌組織)と糖尿病の関連が明らかにされます。この関連はオピーソボレフが別々に発見しました。オピーから紹介します。

ユージン リンジー オピー(1873-1971)は米国の内科医・病理学者です。ジョン ホプキンス医学学校の最初の卒業生(1897卒)で、在学中に膵島異常と糖尿病の関連に気付きました。この発見はその後10余年にわたり、彼の主要研究テーマになりました。1901年にオピーは「慢性間質性膵炎の膵島および糖尿病に対する関係について」と題する論文を発表します(J Exp Med)。


膵臓の障害で糖尿病が起こるなら、その病変は膵臓のどこに起こったものでしょうか?。 膵腺房?、膵島?、それとも両者でしょうか?。 私は糖尿病患者11人の膵臓を顕微鏡的に観察しました。そうして「膵島と糖尿病の関連」を疑いようもないほど強い膵島変性を4人に認めました。第17症例では進行したヒアリン変性があり、ランゲルハンス膵島を膵腺房間にある臓器として認識できないくらい一様に変性していました。


オピーは細くて弱い体質の人でしたが、彼をいろいろなスポーツに引っ張り出していた同級生(結核専門医ブラウン)の方が早死にして、蒲柳の質と寿命は関連がないとも書いています。彼は生涯研究にいそしみ、最終論文は1970年発表です(97歳で筆頭著者)。亡くなる直前は目が見えず難聴もひどかったようですが、訪問者と討論を楽しんでいたそうです。


平成27年12月18日