糖尿病は動脈硬化を促進させるが、その影響は女性の方が強い
糖尿病は動脈硬化を促進させます。この促進効果は何故かわかりませんが、女性の方が男性より強く起こります。以前にこのことを紹介しましたが、最近新しい論文が出ましたので紹介します(Lancet 2018)。
今回発表された論文はメタ解析論文です。前向き調査の論文68編、980,793人(35-89歳)を分析しています。各個人レベルの「年齢、性、糖尿病有無、総コレステロール、血圧、タバコ、身長・体重(BMI)」の情報をもとに分析しています。
全部で76,965人が亡くなられていますが、うち19,686人が動脈硬化疾患(虚血性心疾患、脳梗塞、他の動脈硬化に起因する疾患)による死亡です。糖尿病以外の「動脈硬化の危険因子」の影響を補正してから、糖尿病の影響を検討しています。
その結果ですが、糖尿病による「動脈硬化疾患死亡リスク」は男性で2.10、女性は3.0でした。糖尿病は男女とも動脈硬化を促進しますが、その影響は女性に強く出ました。
年齢別分析では、若い人に影響が強く出ました。男女合わせての分析で「動脈硬化疾患死亡リスク」は若年層(35-59歳)で2.60、高年齢層(70-89歳)で2.01でした。
性別・年齢別を合わせますと、糖尿病の影響が最も強く出たのは「若年層の女性」で、このグループのリスクは5.55でした。
上の数字は糖尿病の相対的な影響をみています(糖尿病があると死亡が何倍に増えるかをみています)。どの年齢層でも男性の方が女性に比べて多くの人が動脈硬化で亡くなっています。そこで糖尿病の絶対リスクを評価するために、過剰死を計算しました。過剰死は糖尿病があると余分に増える死亡のことです。糖尿病による「動脈硬化疾患死亡の過剰死」は男性と女性が同じくらいでした。
以上を合わせますと、糖尿病があると「動脈硬化疾患死亡」が増えます。男女とも生活習慣を改善してリスクを下げるのが大切です。動脈硬化の主要リスクで補正しても男女差が残っていました。そのためリスクの男女差(原因不明)が生活習慣改善で小さくなるのかは不明です。
平成30年8月28日
PREDIMED研究の論文修正
以前にPREDIMED研究(NEJM 2013)を紹介しましたが、データの集め方に問題があり、解析方法を修正して再発表されました(NEJM 2018)。数字を捏造したのでないので論文修正が認められたのでしょうが、本来、あってはならないことです。
PREDIMED研究は地中海食、特にオリーブオイルやナッツ類の効果を調べた研究です。ランダム化研究だったのですが、「ランダム化して割り当てる」作業をしなかった施設がありました。このランダム化というのは、食事療法を割り当てる時に「偏りがない」ように割り当てることです。
手順に違反していたのは施設B, 施設Dです。その他に家族425人も含まれます。家族というのは、同じ家庭に属する2人目の人です。食事療法の研究ですので「食事を共にする同じ家庭の2人に異なった食事療法を割り当てる」ことができません。そのため、2人目の登録をランダム化せず、1人目と同じ食事を割り当てていました。この割り当て方が手順違反です。
ランダム化研究でなくなりましたので論文の質評価は少し落ちますが、幸い結論は同じでした。
旧論文で、
心血管イベント(心筋梗塞、脳卒中、心血管死)リスクが
地中海食オリーブ油群で0.70(0.54-0.92)、
地中海食ナッツ群で0.72(0.54-0.96)に減少でしたが、
新論文でも、
地中海食オリーブ油群で0.69(0.53-0.91)、
地中海食ナッツ群で0.72(0.54-0.95)でした。
またランダム化しなかった1588人を除いても同様の結果でした。地中海食は健康に良さそうです。
平成30年8月1日
危機管理:自然界に存在しない病気の治療薬の開発
天然痘という病気があります。死に至る病気で、有効な治療法がありません。病人と接触すると90%の人が感染し、その30%が亡くなります。幸い、種痘によって予防することができ、1980年に根絶宣言が出されました。日本では1976年から基本的に種痘接種は行われていません。
自然界の天然痘は無くなりましたが、生物兵器として使われる可能性が残っています。そのためイラクに派遣された自衛隊隊員には種痘が接種されました。在韓米軍兵士も種痘を受けています。
もし生物兵器として天然痘ウィルスが使われたなら、種痘では間に合いません。そこで危機管理の一環として天然痘治療薬の開発が行われています(NEJM 2018)。
テコビリマットは35万種類の化合物から選別され、天然痘が属するウィルス属(オルソポックスウィルス属)に効果があり、他ウィルス属には効果がありません。ウィルス粒子の形成や放出に関与するp37蛋白を阻害します。
天然痘は自然界に存在しませんので、研究は特別な方法を用いて行われました。(1) サル痘、ラビット痘といった動物モデルで効果を確かめる、(2) 健常人で薬物血中濃度の動態、安全性を評価する。この2つを組み合わせて、テコビリマットが有望な薬剤であることが示されました。
以上は米国の話です。
果たして我が国ではテロに備えた薬の備蓄をしてくれるでしょうか。
平成30年7月23日
肥満パラドックスと心血管系疾患
以前に「肥満パラドックス」を紹介しました。肥満パラドックスは「太っていると生活習慣病が増えて死亡リスクが増えるはずなのに、疫学調査では太っている方が長生きする」という表面上の矛盾のことです。実際には肥満パラドックスはありません。 肥満パラドックスは「体調を崩して体重が減った人」が「痩せている群」に紛れ込むために生じると考えられています。
この仮説を支持する論文をもう一つ紹介します(PLOS ONE 2017)。対象は50歳以上の米国人30,529人(退職者健康研究)です。心筋梗塞、うっ血性心不全、脳卒中、虚血性心疾患を起こしている人を対象に肥満と死亡リスクを検討しました。正常体重と肥満度クラス1(BMI30以上、35未満)の比較です。
調査開始時の体重で検討しますと、太っている方が18-36%ほど死亡が少なくなり、明らかな肥満パラドックスが認められました。これが従来見ていたものです。
脳心血管系の病気になると体重が減ります。そこで病気が診断される前の体重をもとに肥満と死亡リスクを検討しました。そうしますと肥満パラドックスが消失しました。
やはり太っているのは良くありません。
平成30年6月29日