インフルエンザ予防接種の勧め
昨年度、インフルエンザはほとんど流行しませんでした。新型コロナウイルスの予防策「3密を避ける」行動がインフルエンザの流行を抑えたと考えられています。
今年になっても、春夏が流行期である南半球で流行が抑えられています。オーストラリアのインフルエンザ患者数は500例足らずで、例年の30万人に比べてごく少数に留まりました。
一方インドでインフルエンザが出ているようです。西アフリカでもインフルエンザ流行が報告されています。インフルエンザはなくなったわけでなく、一部でくすぶっているようです。
米国でのインフルエンザ流行予測が報告されました。まだ査読前の論文ですが、例年より大きなインフルエンザ流行が数理モデルで予測されています。そのシナリオによると、インフルエンザで入院される方が10万2000人(5万7000〜15万2000人)です。また小さなお子さんで大きくはやる可能性も指摘されています。
昨年度インフルエンザの流行がなく、免疫を持つ人が少なくなっている、というのが流行が大きくなる原因です。
コロナ流行が下火になり(減ってくるのはうれしいですが)、3密を避ける行動が緩んでくると、インフルエンザがはやりそうです。インフルエンザワクチンの接種をお勧めします。
令和3年10月8日
糖尿病の新しい薬 ツイミーグ
糖尿病の新しい薬(ツイミーグ:イメグリミン)が認可直前です。
ツイミーグはメルク・セローノ社が作りました。ポクセル社に特許が渡され、ポクセル社から大日本住友製薬が導入して薬が開発されました。
ツイミーグは全く新しい構造の薬(グリミン:テトラヒドロトリアジン系)です。メトホルミンと似た構造を持っていてメトホルミンと良く似た作用を持ちますが、独自の作用があります。
ツイミーグはNAD+合成酵素とミトコンドリアに作用して薬効を示すと考えられます。膵β細胞に働き、ブドウ糖濃度に依存したインスリン分泌を促します。膵臓以外の作用では、肝臓に働いて糖新生を抑え、筋肉に働いて糖の取り込みを促進します。
注目されるのがミトコンドリアの保護作用です。ミトコンドリアは細胞の中にあって、酸素を使ってエネルギーを産生する小器官です。ツイミーグは活性化酸素の産生を抑え、ミトコンドリアDNAを増やし、ミトコンドリア機能を改善します。
ツイミーグの副作用としては、悪心、下痢、便秘(1〜5%未満)などがあります。低血糖(6.7%)も報告されています。消化管症状が多いことはメトホルミンと似ていますね。また腎機能の悪い人には使えません。
作用機序をみるととても期待できる薬です。
令和3年9月4日
耐糖能の日内リズム
夜遅くに食べない方が身体に良いと言われます。血糖についてもそうで、同じものを食べても日中と夜中で血糖の上がり方が異なり、夜中の方が血糖が上がりやすくなっています。
食事をすると身体が温まることはご存じですね。食べることによって熱が産生されるためですが、夜間ではこの熱産生が少なくなります。熱産生に使われなかったエネルギーは身につく方向に向かいます。夜に食べると太りやすい理由の一つです。
明け方になるとインスリンの必要量が増してきます。特にインスリン作用が不足している糖尿病患者では、食べてないのに血糖が上昇します。1型糖尿病でよく見られますが、この現象は「暁現象」と呼ばれています。成長ホルモンやコルチゾールなど「インスリンと作用が拮抗するホルモン」が影響しています。
糖の動きからみると、肝臓で糖新生(新しく糖が合成される)が亢進し、末梢組織で糖の取り込みが減少することが原因です。血糖が上がるのは食べ物の影響だけでないのですね。
ほとんどすべての生物は1日周期の生体リズムを持っています。この日内リズムを制御している「時計遺伝子」が分かってきました。時計遺伝子はすべて転写因子です。転写因子はDNA(遺伝子本体)に結合して、DNAの発現を調整する働きを持ちます。時計遺伝子には、Clock, Bmal1, Per, Cryがあります。
インスリン分泌も時計遺伝子の影響を受けることが分かってきました。膵島でインスリンを産生している細胞はβ細胞です。β細胞で「clock転写因子」の発現を抑制する、つまりclock遺伝子が働かない状態にしますと、インスリン分泌が抑制されます。インスリン分泌に時計遺伝子が大きく関わっている証拠です。
β細胞では上に述べた細胞内システムだけなく、身体全体のシステムも日内リズムの調節に関わっています。身体全体のシステムには自律神経系を介するもの、内分泌(ホルモン)を介するものがあります。
健康にとって日内リズムを維持することは大切です。そのためには決まった時間に起きて光を浴び、規則的に食べ、夜遅くの食事を控えるのが良いでしょう。
令和3年7月6日
身体活動パラドックス:余暇時間の運動が大切
一般に「運動は身体に良い」と言われています。しかし「仕事中の身体活動量」が多い場合は命を縮めます。これは身体活動パラドックスと呼ばれています。
まずメタ解析論文(Br J Sports Med 2018)を紹介します。この論文は17研究、総193,696人を解析しています。仕事中の身体活動量が多い男性は、仕事中の活動量の低い男性に比べて18%早期死亡が増えていました。
仕事中の身体活動が身体に悪いのはなぜでしょうか。余暇時間と仕事中では「身体活動の質」が異なるからと考えられます。
「仕事中の身体活動」は、健康維持に必要な活動強度がなくてだらだら続いたり、単調で一定の姿勢を続けたり、十分な回復時間がないかもしれません。ストレスで一日を通して血圧・脈拍が上がるかもしれません。
比べて「余暇時間の身体活動」は短時間で十分な強度の動的活動が行われ、回復時間もきっちりとれることが多いと考えられます。
今回、新しい論文(Eur Heart J 2021)が出ましたので紹介します。対象は2003-2014年にコペンハーゲン一般住民研究データベースに登録した104,046人(20-100歳)で、交絡因子を検討して研究の精度を高めています。
10年(中央値)の経過観察期間中に、7913人のMACE(主要心血管疾患:致死性心筋梗塞、非致死性心筋梗塞、致死性脳卒中、非致死性脳卒中、他の冠動脈血管死)があり、全部で9846人が死亡しています。
「余暇時間の身体活動」で検討すると、中等度、高強度、超高強度の活動をしている人はあまり活動していない人に比べて、補正後MACEリスクが14%,、23%、15%ほど減少しました。
一方、「仕事中の身体活動」で検討すると、高強度、超高強度の活動をしている人は15%、35%ほどリスクが増大していました。
全死亡のリスクも同様でした。「余暇時間の活動」ではそれぞれ、26%、41%、40%減少し、「仕事時間の活動」では13%、27%増加していました。
「仕事中の身体活動」は「身体にとって良い運動」とは別物ですね。
令和3年6月4日