ACE阻害薬あるいはARB(RAS阻害薬)と新型コロナウイルス感染症:追記
「ACE阻害薬あるいはARB(RAS阻害薬)と新型コロナウイルス感染症」で紹介したNEJMの最初の論文について、信憑性が問われています。分析に用いたデータベース the Surgical Outcomes Collaborative (Surgisphere)が実態と合わないようです。公開質問状が出されており、NEJMは残りの2つの論文を参考にするように勧めています。
令和2年6月2日
6月4日時点で、この論文は撤回されました。
第三者にデータベースが公表することが拒絶されました。
令和2年6月5日
新型コロナウイルス暴露からの時間とPCR検査の偽陰性率
新型コロナウイルスのPCR検査について、ずいぶん情報が集まってきました。PCR検査の感度は70%前後と言われ、それほど高くありません。特異度について報告はないようですが、低く見積もっても95%、実際はもっと高いと言われています。
感度は「感染者を陽性と正しく検出できる確率」を示します。感度と同じような概念に偽陰性率があります。偽陰性率は「感染者を誤って陰性と判定する確率」で、感度を裏からみた数字になります(100%―感度%)。特異度は「非感染者を正しく陰性と判定できる確率」を示します。
ジョンズ・ホプキンス大学から、PCR検査の偽陰性率を検討した報告が出ました。この報告はPCR偽陰性率がウイルス暴露からの時間経過でどのように変わるかをみています。
潜伏期を5日と仮定し、暴露日からの日数で集計しています。暴露翌日は偽陰性率100%です。暴露後4日経過しても偽陰性率は67%(27-94%)と高いままです。暴露後5日(発症日)で38%(18-65%)、暴露後8日に20%(12-30%)と最も低くなり、その後徐々に増加して暴露後21日は66%(54-77%)でした。
この結果を実際の場面で考えてみます。
Aさんが感染しているかもしれないとして、PCR検査を受けたとします。この時、PCR検査が陰性でも感染している可能性があります。陰性の判定が出た場合のAさんの感染確率は、Aさんの感染がどのくらい疑わしいか(検査前感染確率)によって変わります。
Aさんの検査前感染確率を44%とします(半分くらい疑っている感じです)。暴露後8日のAさんのPCR検査が陰性の場合、Aさんが感染している確率は14%です。発症日に検査を受けて陰性なら、Aさんの感染確率は23%です。
令和2年5月27日
糖尿病、高血圧と新型コロナウイルス感染症死亡リスク
新型コロナウイルス感染症では、高齢、高血圧、糖尿病、心血管系疾患などがあると死亡リスクが上がると報告されてきました。しかし残念なことに、初期の論文はリスク因子が補正されていません。
たとえば高齢者で死亡リスクが高くなるとします。そうすると高齢者では高血圧の人が多いわけですから、高血圧の人の死亡リスクも高く集計されます。高血圧が本当にリスク因子かどうかを見るには年齢補正をしなければなりません。
まだ正式な発表前ですが、多変量補正した死亡リスクの論文が公表されました。イギリスの人口の40%をカバーする膨大な医療データを元に計算しています。調査期間は2020年2月1日〜4月25日です。調査対象は17,425,445人の成人で、うち5,683人が新型コロナウイルス感染症で亡くなられています。
院内死亡リスクをCox回帰分析しています。多変量補正しますと、死亡リスクが高いのは、男性(HR1.99)、高齢者(50歳代を基準1.00としますと、40歳代が0.31、80歳以上が12.64)貧困、糖尿病(HbA1c7.5%未満で1.50、7.5%以上で2.36)、肥満、喘息(軽症1.11、重症1.25)、慢性心疾患(1.27)などです。
この研究ではこれまでの報告と異なり、高血圧は死亡リスクを上げていませんでした(補正前リスク1.22→補正後0.95)。まだ論文が正式受理されていませんので、大きなことは言えませんが、血圧の高い人はちょっとほっとしますね。
たとえば高齢者で死亡リスクが高くなるとします。そうすると高齢者では高血圧の人が多いわけですから、高血圧の人の死亡リスクも高く集計されます。高血圧が本当にリスク因子かどうかを見るには年齢補正をしなければなりません。
まだ正式な発表前ですが、多変量補正した死亡リスクの論文が公表されました。イギリスの人口の40%をカバーする膨大な医療データを元に計算しています。調査期間は2020年2月1日〜4月25日です。調査対象は17,425,445人の成人で、うち5,683人が新型コロナウイルス感染症で亡くなられています。
院内死亡リスクをCox回帰分析しています。多変量補正しますと、死亡リスクが高いのは、男性(HR1.99)、高齢者(50歳代を基準1.00としますと、40歳代が0.31、80歳以上が12.64)貧困、糖尿病(HbA1c7.5%未満で1.50、7.5%以上で2.36)、肥満、喘息(軽症1.11、重症1.25)、慢性心疾患(1.27)などです。
この研究ではこれまでの報告と異なり、高血圧は死亡リスクを上げていませんでした(補正前リスク1.22→補正後0.95)。まだ論文が正式受理されていませんので、大きなことは言えませんが、血圧の高い人はちょっとほっとしますね。
糖尿病はコントロールを良くするようにしましょう。
令和2年5月17日
ACE阻害薬あるいはARB(RAS阻害薬)と新型コロナウイルス感染症
ACE阻害薬あるいはARB(RAS阻害薬)は、カルシウム拮抗薬と共によく使われている降圧剤です。新型コロナウイルス感染症では、このRAS阻害薬が危険と発表され(Lancet Respiratory Medicine2020)、物議を醸しました。RAS阻害薬は肺にACE2を増やしますが、ACE2はコロナウイルスがひっつく場所だからです。
この論文は実際に危険だったという研究ではなく、理論的なリスクを示しただけの報告です。
一方でACE2がなくなると肺損傷が強くなることも知られています。ですから、ACE2を増やすRAS阻害薬はコロナウイルス感染症に有益かもしれない可能性もあります。
今回3つの観察研究の論文(NEJM2020)が発表され、RAS阻害薬は新型コロナウイルス感染症の重篤化リスクとは無関係であることが示されました。
最初の論文は8910人(11ヵ国169病院)の入院患者の研究です。5.8%の方が亡くなられています。多変量で補正後の結果ですが、死亡リスクと関連したのは65歳以上、冠動脈疾患、心不全、不整脈、COPD(閉塞性肺疾患)、喫煙でした。RAS阻害薬はリスクと関連せず、ACE阻害剤ではむしろ死亡リスクが低くなっていました(オッズ比0.33)。
次の論文は、6272人の感染患者と30,759人の性・年齢・居住地でマッチさせた対照を比較したイタリアの成績です。感染者は非感染者と比べてRAS阻害薬の服用者が多かったのですが、これは感染者に心血管系疾患が多かったためです。多変量で補正しますと、RAS阻害薬と軽症〜中等度、或いは重篤なコロナウイルス感染との間に関連を認めませんでした。
3つ目の論文はニューヨーク市で新型コロナウイルスの検査を受けた12,594人が対象です。46.8%が陽性で、そのうち17.0%が重篤でした。傾向スコアでマッチングして解析しますと、どの種類の降圧剤もコロナウイルス感染と関連していませんでした。感染症の重篤度とも関連していませんでした。
別の方向から解析を試みた論文も発表されています。
実はインフルエンザAウイルスもACE2を利用して肺障害を起こします。4つ目の論文(NEJM 2020)はインフルエンザとRAS阻害薬の関連をみています。イギリスの診療データ((CPRD:1998年〜2016年、560万人)の解析です。70万余りがACE阻害薬、23万人余りがARBを服用し、RAS阻害薬を服用していない人は474万人でした。多変量で補正しますと、ACE阻害薬を服用している人のインフルエンザ発症リスクは0.66、ARBでは0.52でした。服用期間が長いほど発症リスクが低く、10年以上の人ではそれぞれ0.29、0.11でした。
これらを合わせて考えますと、ACE阻害薬、ARBを服用している人は中止せずに飲み続けることをお勧めします。
ACE阻害薬:レニベース(エナラプリル)、ゼストリル(リシノプリル)など
ARB:ニューロタン(ロサルタン)、ブロプレス(カンデサルタン)、ディオバン(バルサルタン)、ミカルディス(テルミサルタン)、オルメテック(オルメサルタン)など
令和2年5月11日
追記:ここに紹介したNEJMの最初の論文について、信憑性が問われています。分析に用いたデータベース the Surgical Outcomes Collaborative (Surgisphere) が実態と合わないようです。現在公開質問状が出されており、NEJMは残りの2つの論文を参考にするように勧めています。
令和2年6月2日
追記:6月4日にここに紹介したNEJMの最初の論文は撤回されました。
令和2年6月5日