院長ブログ一覧

減量の薬 リラグルチド

リラグルチドはGLP-1アナログ製剤で、日本では0.9mgまでの注射製剤が市販されています(製品名:ビクトーザ)。GLP-1アナログ製剤は食欲抑制効果があり、量を増やすと減量効果が高まります。欧米では、サキセンダ(Saxenda)という3mg製剤があり、平成26年12月に米国で、翌年2月にカナダで、3月に欧州連合(EU)で肥満補助療法として承認されています(日本では未発売)。

サキセンダの減量効果を示した論文が平成27年に発表されています(NEJM 2015)。この論文では3731人の肥満者(平均45歳、体重106kg、BMI38.3)を (1) サキセンダ群2487人、(2) 偽薬群1244人の2群に分け、56週ほど二重盲検法で観察しています。

結果ですが、サキセンダ群で8.4kg、偽薬群で2.8kgの体重減少があり、その差は-5.6kg (95%信頼区間は-6.0〜-5.1kg)でした。なおこの論文ではどちらの群も食事・運動療法を行っており、単に注射だけしているわけではありません。

サキセンダは高額ですが(米国でひと月分1000ドル)、よく売れているようです。製薬会社(ノボ社)によりますと、サキセンダの第一4半期の売り上げは約90億円でした。会社全体の売り上げの2%程度だそうですが、さらに売れ行きが伸びると予想されています。


平成29年5月23日

ピオグリタゾン(アクトス)とNASH

チアゾリジン系の糖尿病の薬は評価が二転三転しています。ロシグリタゾン(日本で未発売)は心血管リスクが高いと強く非難されませしたが、濡れ衣でした。ピオグリタゾン(アクトス:武田薬品)も膀胱癌、心不全、骨折リスクが指摘されています。膀胱癌リスクは、「最近の前向き試験では増加なし」の成績ですが、まだ決着がついていません。

昨年のNEJMにピオグリタゾンが脳卒中を予防することが発表され、ピオグリタゾン評価の時間的経過は「奇妙な長旅」と評されました。

今回のお話はNASH治療薬としてのピオグリタゾンの位置づけです。2012年にチアゾリジン系薬剤のメタ分析論文が発表され、同薬剤の有用性が示されました。その後発表論文が増え、それらをメタ分析した新しい論文(JAMA Internal Med 2017)が出ましたので紹介します。

メタ分析は複数の研究結果をより高い立場からまとめて分析する方法で、質の高い分析法とされています。NASHとはアルコールを飲んでいないのに、アルコール多飲者と同様の脂肪肝〜肝硬変(肝線維化の進行)〜肝癌をきたしてくる病気です。NASHによる肝癌は増加傾向にあります。

論文では8編のランダム化試験をメタ分析し、合計516人のNASH患者を6-24ヶ月間観察、(1) 進行した肝線維化の改善(F3-F4からF0-F2)、(2) どのステージからでもいいですが、少なくとも1ポイントの改善、(3) NASHの消失を見ています。

ロシグリタゾンでは改善なし。 ピオグリタゾンで肝線維化の改善が認められ、オッズ比でみると、(1) は3.15、(2) は1.66、(3) は3.22 でした。糖尿病のない人でも同様(それぞれ、2.95、1.76、3.40)でした。

最終的な臨床像(腹水、肝性脳症、肝移植、肝に関連した死亡など)までみていませんが、「NASHの線維化」は有用な代理エンドポイントです。現時点では糖尿病がない人にピオグリタゾンをお勧めしませんが、糖尿病の人でピオグリタゾンが使える人にはNASH治療にピオグリタゾンが有用かもしれません。


平成29年3月10日

GLP1製剤による心血管イベント、心血管死の抑制

最近、糖尿病の薬が心筋梗塞や脳卒中など心血管疾患を減らすことが話題になっています。GLP1製剤では、リキシセナチド(リキスミア) 、リラグルチド(ビクトーザ)、セマグルチド(未発売)の成績が発表されています。

もともと 「糖尿病の薬が心血管疾患を増やさない」ことを確認する目的で行われた試験ですが、どの薬も心血管疾患を増やすことはなく、後2者ではむしろ減らす成績が得られました。少し細かくなりますが、それぞれの成績を紹介します。

まずリキスミアです(ELIXA試験:NEJM 2015)。
対象は180日以内に急性冠症候群(心筋梗塞など)を起こした2型糖尿病 6,068名。一次エンドポイントは心血管死+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中+不安定狭心症による入院です。25ヶ月観察しました。プラセーボ群(偽薬)と比較し、一次エンドポイントのハザード比は1.02(0.89-1.17)と、心血管疾患リスクに差がありませんでした。またエンドポイントの各項目についても群間に差がありませんでした。

次はビクトーザです(LEADER試験:NEJM 2016)。
対象は心血管疾患発症リスクの高い2型糖尿病 9,340名。使われたビクトーザの量は1.8mgと日本の倍です。一次エンドポイントは心血管死+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中です。 3.8年観察しました。プラセーボ群(偽薬)と比較し、 一次エンドポイントのハザード比は0.87(0.78-0.97)と低く、ビクトーザは心血管疾患のリスクを抑制しました。非致死性心筋梗塞と非致死性脳卒中は両群に差がありませんでしたが、心血管死、総死亡が少なくなりました。

最後にセマグルチドです(SUSTAIN試験:NEJM 2016)。
セマグルチドは1週間に1回注射するGLP1製剤です。対象は心血管疾患発症リスクの高い2型糖尿病 3,297人。セマグルチドは0.5mgと1.0mg量が使われました。プラセーボ群(偽薬)と比較し、一次エンドポイントはLEADER試験と同じく、心血管死+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中です。2.1年観察しました。一次エンドポイントのハザード比は0.74(0.58-0.95)と低く、セマグルチドも心血管疾患のリスクを抑制しました。LEADER試験と異なり、非致死性心筋梗塞と非致死性脳卒中に差があり、心血管死に差がありませんでした。

まとめますと、リキスミアは心血管疾患リスクを抑えませんでしたが、ビクトーザとセマグルチドはリスクを抑えました。結果を分けたのは、もしかすると患者背景が異なることかもしれません。リキスミア試験では、ビクトーザとセマグルチド試験より重篤な心血管系障害をもつ人が対象に選ばれています。

ビクトーザとセマグルチドの試験もよく見ると、エンドポイント各項目の結果が微妙に異なります。この違いが薬剤による差かどうかはわかりません。2つの試験は似通っていますが、微妙に試験デザインが異なります。次の試験が発表されるまで結果を深読みしないでおきます。


平成28年11月18日

2%の差は大きいか小さいか (32.7% 対 34.7%)

コレステロールの高い人のための薬にゼチーア(エゼミチブ)という薬があります。ゼチーアは小腸に働き、コレステロールの吸収を抑えます。その結果 血中コレステロールが下がりますが、動脈硬化を抑える作用は実証されませんでした。2008年に発表されたENHANCE試験です(ENHANCE試験ではシンバスタチンとの合剤 ビトリンが使われました: シンバスタチンとビトリンを比較)。

製薬会社は効果がなかったことを隠して大きく宣伝し、売り上げを伸ばしました。2007年の米国ではビトリンの直接宣伝費(消費者への直接宣伝)だけで2億ドルが使われ、50億ドルの売り上げがありました。やがて隠していることがばれて社会問題に発展し、ENHANCE試験は製薬会社と無関係の第3者によって解析され、医学雑誌に発表されました(NEJM 2008)。 

2015年にImprove-It試験が発表されました(NEJM 2015)。この試験はシンバスタチンにゼチーアを上乗せしてその効果を観察した研究で、観察期間が平均7年、対象は急性冠症候群後の患者18,144人(平均年齢64歳)です。Improve-It試験ではゼチーアの上乗せ効果が認められ、ゼチーアが動脈硬化を抑えることが実証されました。ただ主要評価項目の絶対差がわずか2%(32.7% 対 34.7%)でした。

これまでFDA(米国食品医薬局)はゼチーアにコレステロールを下げる効果しか認めていませんでした。製薬会社は、ゼチーアに有意な効果が認められたので「心血管系疾患を抑える効果」をFDAに申請しました。FDAはこの申請を却下しました。臨床的にインパクトがないという理由です。リスクの低下は心筋梗塞と脳梗塞の低下でもたらされたものであり、全死亡が下がっていないことも問題視されました。対象が急性冠症候群後の患者であり、安定期にある患者ではもっと差が小さくなるだろうことも指摘されました。

NEJM(2016)に統計の読み方の論文が掲載されました。その中で、統計学的に有意であっても臨床的な意義に乏しい研究として Improve-It試験が紹介されています。2%の差は統計学的には0-4%(95%信頼区間)のどこかであり、余分にかかる薬剤費や起こり得る副作用に見合わないと結論づけています。

最近シンバスタチンよりコレステロール低下作用の強いピタバスタチンを服用している患者にゼチーアの上乗せ効果を検討した成績の発表がありました。HIJ-PROPER試験です。まだ学会発表段階でこれから試験が続きますが、3.9年経過では有意差がありませんでした(32.8% 対 36.9%)。この試験の面白いところは、コレステロール吸収のマーカーであるシトステロールを測定していることです。ゼチーアの上乗せ効果はコレステロール吸収能で大きく変わります。シトステロールが2.2μg/ml未満の人ではゼチーアは効果がありませんでしたが、シトステロールが高い人では29%の相対リスク低減がありました。

ゼチーアはもしかすると、コレステロール吸収の強い人に良い薬かもしれません。しかしシトステロールは保険収載の検査でなく、欧米でも一般的検査でありません。コレステロール吸収の強い人を判別できない現状では、目の前の患者さんに対して効くかもしれないし、効かないかもしれない薬のようです。


平成28年9月23日