究極?のインスリン基礎分泌補充: GLP-1製剤を配合したインスリン製剤
今回はGLP-1製剤を配合した持効型インスリン、ザルトフィ(ノボ社)の話題です。国内未発売ですが、この合剤を使うと2型糖尿病患者のインスリン注射回数を増やさずに済みそうです。
開発背景を簡単に説明します。インスリン分泌にはほぼ一定な「基礎分泌」と食事負荷で分泌される「追加分泌」があります。2型糖尿病でも糖尿病が進行して「基礎分泌」が不足しますと、その補充のため持効型インスリンを注射します。この段階では1日1回の注射です。糖尿病がさらに進行しますと、「追加分泌」の補充も必要になります。「追加分泌」の補充は(超)速効型インスリンを各食前に注射します。つまり良好なコントロールを保つにはインスリンの注射回数を増やしていく必要がありました。
今回開発されたザルトフィ(Xultophy)は、トレシーバ(100U/ml)と ビクトーザ(3.6mg/ml)の合剤です。 トレシーバが持効型インスリン、ビクトーザがGLP-1製剤になります。使用対象は、「トレシーバ1日50U」あるいは「ビクトーザ1.8mg」でコントロール不良の人になっています。日本で承認されているビクトーザの量は最大0.9mgですので、ちょっと多めですね。
まだ学会発表で予備的な段階ですが、今年(平成29年)の米国糖尿病学会でザルトフィと従来の頻回注射を比べた成績が発表されました。ザルトフィは1日1回の注射です。頻回注射群はグラルギン(持効型インスリン)を1日1回、それに加えて食直前に超速効型インスリンのノボラピッドインスリンを1日4回以下の注射です。対象は2型糖尿病252人、観察期間は26週です。適切な注射量(単位量)を決めていくために血糖を測定しますが、その測定回数はザルトフィ群で1日1回、頻回注射群で1日4回です。
達成したHbA1cは同程度(ザルトフィ群でと頻回注射群で、それぞれ1.48%減と1.46%減)でした。しかしザルトフィのほうが低血糖が少なく(それぞれ19.8%と52.6%)、体重増加も少ない結果でした(0.93kg減と2.64kg増)。これをみると、同程度のコントロールを得るのに注射回数が少なく、低血糖が少なく、体重増加が少なく、血糖測定回数も少ないザルトフィの方がいいですね。
サノフィ社も同様の製品を作っています。ソリクァ(Soliqua)はグラルギン100U/ml+リキセナチド33μg/mlを含む製品です(グラルギンが持効型インスリン、リキセナチドがGLP-1製剤)。基礎インスリン30U(+/- リキセナチド)でコントロール不良の人が対象です。米国では両剤とも昨年11月承認されています。
平成29年6月29日
HDLコレステロールを上げるCETP阻害剤は動脈硬化を予防しない
コレステリルエステル転送蛋白(CETP)は、HDLからLDLやVLDLへコレステロールを転送する働きをもっています。この働きを抑えるCETP阻害薬はHDLコレステロール(HDLc)を増加させます。
これまで2種類のCETP阻害薬が検討され、良くない結果が得られています。トルセトラピブはHDLcを70%増加させ、LDLcを25%低下させましたが、死亡と心血管系リスクが増加しました(開発中止)。高血圧やアルドステロン増加という副作用が良くなかったと結論されています。ダルセトラピブはHDLcを30%増加させましたが、心血管系リスクは減少しませんでした。この薬も効果がなかったために開発が中止されました。
3番目のCETP阻害薬はエヴァセトラピブです。この薬の成績が最近発表されましたので紹介します(NEJM 2017)。対象は心血管系疾患のハイリスク集団、12,092人です。主要評価項目は、「心血管死亡と、心筋梗塞、脳卒中、冠動脈血行再建術、不安定狭心症による入院」を併せた複合イベントです。エヴァセトラピブ130mgあるいは偽薬を飲んでもらいました。
エヴァセトラピブはLDLcを31.1%低下させ、HDLcを133.2%増加させました(偽薬ではそれぞれ6.0%増加、1.6%増加)。脂質に関してはとても優秀な成績です。しかし心血管系イベント抑制効果は認められませんでした。26ヶ月観察して複合イベントは、エヴァセトラピブ群で12.9%、偽薬群で12.8%起こり、リスク比は1.01(0.91-1.11)でした。このため、エヴァセトラピブ試験は途中で中止されました。
我が国でCETPが働かないCETP欠損症が発見されています。この人たちはHDLcが非常に高い(ホモ接合体で 150―250mg/dl)のですが、心筋梗塞が減っていません。「CETP阻害剤が心血管系イベントを抑制する」という発想は最初から無理があったかもしれませんが、実際のお薬でも予防しないことがはっきり示されました。
平成29年6月21日
-----
新しいCETP阻害剤が「心血管系イベントの複合ポイントの抑制に効果がある」と発表されました。メルク社のアナセプトラピブで、まだ会社発表の段階です。50歳以上の心血管系疾患ハイリスク集団30,000人が対象で、二重盲検法で4年間観察しています。詳しいことは今年8月のヨーロッパ心臓学会で発表されるそうです。これまでのCETP阻害剤とどこが違うのでしょうね。
平成29年6月29日
減量の薬 リラグルチド
リラグルチドはGLP-1アナログ製剤で、日本では0.9mgまでの注射製剤が市販されています(製品名:ビクトーザ)。GLP-1アナログ製剤は食欲抑制効果があり、量を増やすと減量効果が高まります。欧米では、サキセンダ(Saxenda)という3mg製剤があり、平成26年12月に米国で、翌年2月にカナダで、3月に欧州連合(EU)で肥満補助療法として承認されています(日本では未発売)。
サキセンダの減量効果を示した論文が平成27年に発表されています(NEJM 2015)。この論文では3731人の肥満者(平均45歳、体重106kg、BMI38.3)を (1) サキセンダ群2487人、(2) 偽薬群1244人の2群に分け、56週ほど二重盲検法で観察しています。
結果ですが、サキセンダ群で8.4kg、偽薬群で2.8kgの体重減少があり、その差は-5.6kg (95%信頼区間は-6.0〜-5.1kg)でした。なおこの論文ではどちらの群も食事・運動療法を行っており、単に注射だけしているわけではありません。
サキセンダは高額ですが(米国でひと月分1000ドル)、よく売れているようです。製薬会社(ノボ社)によりますと、サキセンダの第一4半期の売り上げは約90億円でした。会社全体の売り上げの2%程度だそうですが、さらに売れ行きが伸びると予想されています。
平成29年5月23日
ピオグリタゾン(アクトス)とNASH
チアゾリジン系の糖尿病の薬は評価が二転三転しています。ロシグリタゾン(日本で未発売)は心血管リスクが高いと強く非難されませしたが、濡れ衣でした。ピオグリタゾン(アクトス:武田薬品)も膀胱癌、心不全、骨折リスクが指摘されています。膀胱癌リスクは、「最近の前向き試験では増加なし」の成績ですが、まだ決着がついていません。
昨年のNEJMにピオグリタゾンが脳卒中を予防することが発表され、ピオグリタゾン評価の時間的経過は「奇妙な長旅」と評されました。
今回のお話はNASH治療薬としてのピオグリタゾンの位置づけです。2012年にチアゾリジン系薬剤のメタ分析論文が発表され、同薬剤の有用性が示されました。その後発表論文が増え、それらをメタ分析した新しい論文(JAMA Internal Med 2017)が出ましたので紹介します。
メタ分析は複数の研究結果をより高い立場からまとめて分析する方法で、質の高い分析法とされています。NASHとはアルコールを飲んでいないのに、アルコール多飲者と同様の脂肪肝〜肝硬変(肝線維化の進行)〜肝癌をきたしてくる病気です。NASHによる肝癌は増加傾向にあります。
論文では8編のランダム化試験をメタ分析し、合計516人のNASH患者を6-24ヶ月間観察、(1) 進行した肝線維化の改善(F3-F4からF0-F2)、(2) どのステージからでもいいですが、少なくとも1ポイントの改善、(3) NASHの消失を見ています。
ロシグリタゾンでは改善なし。 ピオグリタゾンで肝線維化の改善が認められ、オッズ比でみると、(1) は3.15、(2) は1.66、(3) は3.22 でした。糖尿病のない人でも同様(それぞれ、2.95、1.76、3.40)でした。
最終的な臨床像(腹水、肝性脳症、肝移植、肝に関連した死亡など)までみていませんが、「NASHの線維化」は有用な代理エンドポイントです。現時点では糖尿病がない人にピオグリタゾンをお勧めしませんが、糖尿病の人でピオグリタゾンが使える人にはNASH治療にピオグリタゾンが有用かもしれません。
平成29年3月10日