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欧州高血圧ガイドライン

欧州でも昨年に高血圧ガイドラインが発表されています。欧州高血圧学会と欧州心臓学会が作成し、収縮期血圧140mmHg未満(いくつかの例外あり)、拡張期血圧90mmHg未満(糖尿病があると85mmHg未満)としました。

さて、高齢者はどうなっているでしょうか?

80歳未満の高齢者は140-150mmHgを目標とする。元気な高齢者は140mmHg未満もよいが、衰えている高齢者は個別に目標を決める。80歳以上の高齢者は、身体・認知状態がよければ140-150mmHgとする。


高血圧の治療開始は160mmHgからが勧められています。140-160mmHgで治療を開始すべきかはエビデンスがありませんが、降圧剤を使用して特に問題がない場合は考えて良いとしています。欧州高血圧ガイドラインは、80歳まで140mmHg未満とするASH/ISHガイドラインより、60-80歳は150mmHg未満とするJNC8ガイドラインに近く感じます。


平成26年2月14日

米国高血圧ガイドラインの不一致

米国の高血圧ガイドラインは、2003年にJNC7が発表されました。2008年にJNC8の準備のためNHLBIが組織され、2010年にJNC8が発表される予定でした(JNC:米国高血圧合同委員会、NHLBI:国立心肺血液研究所)。ところがJNC8の発表がずるずると遅れて2013年12月にASH/ISH(米国高血圧学会/国際高血圧学会)のガイドラインが発表され、これに一日遅れてJNC8ガイドラインが発表になりました。

このASH/ISHとJNC8のガイドラインは見解が異なっており、さらに悪いことにJNC8の5委員(29%)が少数意見としてJNC8ガイドラインに反対意見を発表しています(Annals of Internal Medicine 2014)。前代未聞の状況です。

どこが問題でしょうか。特に話題になっているのは高齢者の降圧目標です。ASH/ISHガイドラインは、80歳以上で150/90mmHgです。JNC8のガイドラインでは、60歳以上から150/90mmHgです(但し糖尿病や慢性腎障害があれば140/90mmHg)。つまり、60歳〜80歳の降圧目標がASH/ISHでは140/90mmHg、JNC8では150/90mmHg なのです。

60歳以上の研究はSHEP、Syst-EUR、80歳以上はHYVET研究しかありません。140mmHgが良いか、150mmHgでも良いかを決める明確な根拠はありません。専門家の意見の違いがガイドラインの違いです。

平成26年2月13日

降圧剤(カルシウム拮抗薬)と乳癌

糖尿病の人が高血圧症になった時、よく選ばれる薬はアンギオテンシン変換酵素阻害剤(ACE-I)、アンギオテンシン受容体阻害剤(ARB)です。この2つの薬剤はレニン・アンギオテンシン系に働き、腎保護作用があります。レニン・アンギオテンシン系は、腎臓から分泌されるレニンと、血中にある基質アンギオテンシノーゲン(アンギオテンシンに変換される)からなる血圧や電解質の調節機構です。アンギオテンシン変換酵素阻害剤・アンギオテンシン受容体阻害剤の次によく使われる薬がカルシウム拮抗薬(CCB)あるいは少量の降圧利尿薬です。

CCBはもともと狭心症に使われていましたが、降圧剤としても使われるようになりました。最初の頃は短時間で効果が切れ、かえって心筋梗塞を引き起こす可能性がありましたが、作用が長く続く薬が開発され、よく使われるようになりました。

CCBが癌と関連するという成績がありました。1996年に初めて報告され、ついで1997年にも報告されています。この2つの成績は少人数の研究でした。その後に大規模研究が行われ、「関連しない」報告が続いてこの問題は忘れられていきました。

今回、長期間大規模研究の結果が発表され、忘れていた問題が掘り起こされました(JAMA2013)。この研究は、症例対照研究で、1907人の乳癌症例と856人の対照を比べています(55-74歳)。CCBを10年以上服薬している人で、乳管癌が2.4倍、小葉癌が2.6倍のリスクでした(CCBの種類を問いませんでした)。一方で、利尿剤やβ遮断剤、アンギオテンシンⅡ阻害剤はリスクと関連しませんでした。

こういった報告を読むときに大切なことは、あわてないことです。症例対照研究という分析法は、方法の特性として分析間違いがおきる可能性があります。関連があったり、なかったりといろんな内容の論文が入り混じる微妙な時は、この分析法で最終結論は出せません。丁寧に考えて分析していますが、結論を出すにはこの内容を確認する次の研究が必要です。


平成25年8月22日

アメリカ糖尿病学会のガイドライン改訂(2013):高血圧について

アメリカ糖尿病学会は毎年ガイドラインを更新しています。2013年も更新され、高血圧の人の治療目標が改定されました。


(1) 収縮期血圧の目標140mmHg未満(これまで130mmHg未満)
(2) 若い人で治療の負担がなく達成できるなら、130mmHg未満
(3) 拡張期血圧は80mmHg未満


治療目標が10mmHgほど緩められたわけですが、いろいろなことを説明しています。

(1) 疫学的な研究(観察研究)から

115/75mmHg以上の血圧で心血管イベント、死亡率が増え、120mmHg以上で末期腎障害が増える。

(2) 無作為化臨床試験(質の高い治療介入研究)から

心血管イベント、脳卒中や腎障害の減少は、140/80mmHg未満の降圧で得られる。しかしさらに低めの血圧にして恩恵があるかどうか、根拠は限られている(ACCORD試験、ADVANCE試験の成績をあげています)。

(3) メタ分析(多くの論文をまとめて分析)から

McBrien 他 (Arch Intern Med 2012)の報告から:
厳格な血圧コントロールは脳卒中を35%減らすが、絶対的リスク減少はわずか1%。死亡率や非致死性心筋梗塞は減らない。
Bangalore 他(Circulation2011)の報告から:
130mmHgを目標にすると、脳卒中が減り死亡率が10%減るが、他の心血管系イベントは減少せず、重篤な副作用が多くなる。アルブミン尿の出現・進行は抑制されるが、進行性腎障害は変わらない。網膜症や神経障害も変わらない。


以上をまとめますと、血圧の低い人は心血管イベントが少ない(これは正しい観察です)。そこで高血圧の人を実際に治療して血圧を下げてみた(これが治療介入研究です)。厳しく血圧をコントロールすると、予想に反して心血管イベントが下がらず悪い影響が出た。これらの結果を踏まえ、血圧の治療目標を緩めた。

なお、ヨーロッパ高血圧学会では2009年のガイドラインで140mmHg未満に目標を緩めています。(1) 130mmHg未満という観察もあるが、140mmHg未満の方が無難。(2) 130mmHg未満という目標は、HOT研究やSyst-Eur研究から熱狂的に引っ張り出されたもので根拠に乏しい(J Hypertension2009)。

注:
日本は現時点では130mmHg未満を勧めています。
心血管イベントとは、心筋梗塞や心不全など重篤な循環器系疾患の急激な発症や増悪をまとめて指す言葉です。


平成25年1月25日

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