RNA干渉を利用した降圧剤
多くの種類の降圧剤が市場に出ていますが、それでも血圧が下がりにくい方がおられます。そういう人たちによく効く降圧剤が開発されると良いですね。
今年2月に紹介したバクスドロスタット(アルドステロン合成酵素阻害剤)も、候補の一つです。
今回紹介するジレベシランはアンギオテンシノーゲン合成を抑制する薬です(NEJM 2023)。ジレベシランはRNA干渉という新しい技術を使っていて、創薬方法の進歩を感じます。
RNA干渉の説明をします。私たちの遺伝情報は細胞核にあるDNAに保管されています。遺伝子が活性化されると、DNAからmRNAに情報が移されます(転写)。mRNAは核から細胞質に移動し、リボソームという蛋白合成工場まで運ばれて、今度はmRNAの情報をもとに蛋白質が合成されます(翻訳)。
遺伝子の情報から蛋白質を作るのにmRNAを介しています。特定のmRNAを壊すと特定の蛋白質が作られなくなります。mRNAを壊す方法の一つがRNA干渉です。
短い二重鎖RNAを細胞内に入れると、ダイサー(dicer)と呼ばれる酵素によってRNAが切断され、短いRNAが2本できます。このうちの1本がRISC(RNA-induced silencing complex)という複合体を作ります。このRISCが特定のmRNAと結合してmRNAを分解します。これがRNA干渉です。
アンギオテンシノーゲン(AGT)は主に肝臓でつくられます。レニンによってアンギオテンシンIに変換され、さらにACE(アンギオテンシン変換酵素)によってアンギオテンシンIIに変換されます。アンギオテンシンIIは血管を収縮させて血圧を上昇させ、副腎でアルドステロンを分泌させます。
アンギオテンシノーゲン(AGT)が多くなると、血圧が上がることが分かっていました。ジレベシランはRNA干渉を利用してAGTの合成を抑え、血圧を下げる薬です。肝臓に取り込まれやすくなる工夫がされています。
今回報告されたのは第1相治験です。ジレベシランを1回注射して24週追跡観察しています。ジレベシランを注射するとAGTは用量依存性に低下し、血圧は24週の時点でも低下が続いていました。毎日薬をとる必要はありません。
ジレベシラン作用は長期間続きますので、別の注意が必要です。たとえばAGTが下がったままでは具合の悪いときがあります。ショック状態、重症低血圧、脱水、妊娠などがそうです。このため、ジレベシランの効果を無効にするREVERSIRも開発されているそうです。
令和5年8月18日
血圧の高い人のコーヒー
コーヒーと糖尿病の話題が出ましたので、今回はコーヒーと高血圧の論文(J Am Heart Assoc 2022)を紹介します。
対象は日本人(JACC)です。18,609人(40-79歳:男性6,574人)が参加し、18.9年観察している間に842人の心血管死が起こりました。
血圧は5階層に分類しています。
正常130未満/85未満mmHg、
正常高値130-139/85-89mmHg、
グレード1高血圧140-159/90-99mmHg、
グレード2高血圧160-179/100-109mmHg、
グレード3高血圧180以上/110以上mmHgです。
グレード2高血圧とグレード3高血圧は人数が少ないため、グレード2高血圧とグレード3高血圧を合わせて分析しました。
結果ですが、グレード2-3高血圧の人でのみ コーヒー消費量と心血管死の関連が認められました。ハザード比は、一日1杯未満0.98(0.67-1.43)、2杯0.74(0.37-1.46)、2杯以上2.05(1.17-3.59)でした。正常血圧〜グレード1高血圧の人では関連が認められませんでした。
緑茶もコーヒーと同様にカフェインを含みますが、どの血圧グレードの人も心血管死との関連を認めませんでした。論文では、緑茶に含まれるエピガロカテキンが良いのかもしれないと考察しています。
血圧の高い人はコーヒーを控えめにして、緑茶にした方が良いようです。
令和5年5月6日
新しい血圧の薬の開発(追記)
今年2月に新しい降圧剤(アルドステロン合成酵素阻害剤:バクスドロスタット)の紹介をしました。このときのBrigHTN研究は良い結果が得られていたのですが、次に発表されたHALO研究は思わしくない結果でした。ここに追記します(American College of Cardiology (ACC) Scientific Session/World Congress of Cardiology (WCC) 2023の発表)。
HALO研究の対象は、ACE阻害剤/ARB、ACE阻害剤/ARB+降圧利尿剤、あるいはACE阻害剤/ARB+カルシウムブロッカーを服用していて収縮期血圧が140mmHg以上の方、249人です。バクスドロスタット(0.5mg、1mg、2mg)あるいはプラセーボ(偽薬)群に無作為に分け、それぞれの薬を服用してもらいました。
収縮期血圧の低下は、バクスドロスタット群(0.5mg群で 17 mmHg、1mg群で 16 mmHg、2mg群で 19.8 mmHg)とプラセーボ群(16.6 mmHg)で差がありませんでした 。
薬をきちんと飲まなかったのではないか、と考察されていますが、どうでしょうか。第2相の治験研究はあと2つが進行中であり、その結果が待たれます。
令和5年3月31日
新しい血圧の薬の開発
降圧薬を重ねてもなかなか下がらない高血圧の人がいます。治療抵抗性高血圧と呼ばれていますが、多くはナトリウム貯留性高血圧です。
ナトリウム貯留に関連するのはレニン〜アルドステロン系です。アルドステロンを何とか抑えたいところです。
まず アルドステロン受容体拮抗薬です。アルドステロンの働きを抑えます。古くからあるアルダクトンAは望ましくない作用もあり、使いにくい薬でした。そこで、セララやミネブロのような副作用の少ない選択的アルドステロン受容体拮抗薬が開発され、使いやすくなってきました。
アルドステロン拮抗薬は良い薬ですが、血中アルドステロンを増やして良くない作用をもたらす可能性があります。そこで、新しい薬としてアルドステロン合成を阻害する薬が考えられました。
開発にあたっての問題点は、アルドステロン合成酵素がコルチゾール合成酵素と似ていることです(93%の相動性)。アルドステロン合成だけを抑え、コルチゾール合成を抑えない薬剤の開発は難しいとされてきました。その開発が進んでいます。
アルドステロン合成阻害薬 、バクスドロスタットの第2相試験の結果が発表されました(NEJM 2023)。1mg投与群で収縮期血圧が17.5mmHg、2mg投与群では20.3mmHg下がっています(偽薬は9.4mmHg低下)。血清カリウム値に注意する必要がありますが、その他に目立った有害作用はありませんでした。
開発が続いて薬になると良いですね。
令和5年2月3日