鶏卵と心筋梗塞
糖尿病でない方はノー
糖尿病の方はおそらくイエスです。
この成績が最初に発表されたのは1999年(JAMA)です。マスコミに取り上げられ、ずいぶん話題になりました。米国心臓病学会は翌年のガイドラインでこの論文を採用せず、「メディアは論文を間違って解釈している」と批判しました(卵の制限継続を推奨)。一方で、ジョスリンクリニック(ボストンにある糖尿病の治療と研究の施設)は
If you have diabets, eggs still aren't what they're cracked up to be. (糖尿病があるなら、卵は評判になっている通りじゃないよ)
というコメントを書き、注意を促しました。「糖尿病がないならともかく、糖尿病があるなら卵は週3個まで」という内容です。
最近、卵の消費個数と心筋梗塞の関連について、メタ分析が発表されました(BMJ 2013)。メタ分析は、これまで発表されている質の高い複数の論文をまとめて分析する手法です。その結果ですが、
毎日卵1個を摂るときの冠動脈疾患リスクは0.99(0.85-1.15、P=0.88)で、全く影響がありません。糖尿病がある場合のリスクは1.54(1.15-2.09、p=0.01)と増加します。
この論文によって先の結論が確認され、強化されました。糖尿病の人には卵の軽い制限をお勧めします。
注:
一般的な食事ガイドラインでの卵の取り扱いは国によって異なります。米国は卵の制限を勧めています。カナダ、英国、オーストラリアは、卵の制限を取り払いました(個数に言及しない)。WHOも厳しい制限不要としています(乳脂肪や肉類の制限の方が大切)。
日本では、「飽和脂肪酸およびコレステロール摂取を減らすためには脂身の少ない肉類を選び、肉類、乳製品、卵類の過剰摂取を避ける(動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年)。コレステロール摂取量を1日300mg以下に制限する:エビデンスA (心筋梗塞二次予防に関するガイドライン2011年改訂版)」となっています。
平成25年2月22日
人類最初のころの炭水化物
農業が始まる以前は、狩猟・採集が食べ物の獲得手段でした。この頃の人類は穀類をあまり食べず、動物性食品がほとんどだっただろう、と考えがちです。しかし実際は炭水化物をけっこう食べていたようです。澱粉は残りにくく遺跡から検出することが難しいのですが、いろいろ発見されています。
10万5000年前の遺跡(アフリカのモザンビーク)から澱粉顆粒が回収されています。人類がアフリカ大陸を出て全世界に広がるより前の時代です。3万年前になると、石器に付着した澱粉顆粒がヨーロッパ中で見つかっています。クロマニヨン人(4〜1万年前)は肉、野生の穀類、人参、赤カブ、玉葱、カブなどを含む食事を食べていたと考えられています。なかなかのバランス食です。
アジアにおいても4万年前の遺跡(ボルネオ)から、住民が植物の灰汁抜きの技術をもっていたことが発見されています。加工しないと食べられない植物まで食べていたようです。狩猟・採集時代の炭水化物の割合は思ったより多く、考古学者は22-40%と推定しています。
人類が定住を始めたのが1万5000年くらい前で、近東のナトゥフ文化がその代表です。ナトゥフ人は穀草を脱穀して貯蔵していました。前農業期の技術です。
そして1万500年くらい前に農業が始まりました。まずアインコルン(古代小麦の一つで一粒系)がトルコで栽培化されました。そしてシリアでエンマー小麦(古代小麦で二粒系)が、ライ麦と大麦が肥沃な三ケ月地帯で栽培化されました。イネの栽培化は雲南ではなく、中国の珠江中流域のようです。
農業の開始によって食べ物の中の炭水化物の割合が多くなりました。それと共に遺伝子変化が起こっています。ヨーロッパ、アジア、アフリカ人のインスリン調節に関わる遺伝子変異(TCF7L2のHapA変異)は、その変異が起こった時期がそれぞれの集団の農業の始まりとほぼ一致しているそうです(nature genetics2007)。この変異は正の淘汰を受けていて、食環境の変化に伴う適応と提案されています。
注:
食生活が遺伝子を変化させ、適応した遺伝子が急速に拡がることがあります。もっとも有名なのが乳糖耐性の遺伝子です。8000年前に近東で牛が家畜化され、牛乳が手に入るようになりました。牧畜をヨーロッパに広めたのはファンネル・ビーカー文化で、5000〜6000年前です。乳糖耐性遺伝子の正の淘汰が始まったのは、遺伝子学からみると5000〜1万年前です。この2つの年代は、ほぼ一致しています。そして現在、乳糖耐性遺伝子は世界的に拡がっています。
農業以前の炭水化物比率、食事内容がそのまま現代の健康食とは限りません。低炭水化物食の根拠にあげる人がいますが、当時の食事内容が現代人の寿命を伸ばすかどうかは、別問題です。
平成25年1月19日
サンドラットのお話
餌の少ない過酷な環境に適応した動物が、食べ物がふんだんにある環境になるとどうなるかをよく示しています。ヒトではどうでしょうか。
米国アリゾナにピマインディアンが住んでいます。ピマインディアンは糖尿病が多いことで有名な部族です。しかし昔から糖尿病が多かったわけではありません。1900年過ぎに水が出なくなって農業ができなくなりました。政府から補助金が出るようになり、働かなくて食べられるようになりました。西欧化した食事の影響もあり、肥満が増えて糖尿病も増えたのです。今は成人の38%が糖尿病です。
ピマインディアンはメキシコにも住んでいます。こちらは伝統的生活を営んでいます。糖尿病の人は少なく、わずか6.9%です。
ピマインディアンは倹約遺伝子を持っています。倹約遺伝子は少ないカロリーで生きていくために適応(変化)した遺伝子です。食べ物の少ない環境ではエリート遺伝子ですが、飽食環境ではメタボリックシンドロームを引き起こす遺伝子です。
日本人も飢饉を何度も経験していて過酷な環境に適応しています。ピマインディアン と同じように倹約遺伝子を持つ人が多いことが知られています。あまり食べていないのに太ると言われる方は、もしかすると倹約遺伝子を持っているかもしれません。自分の体質が倹約遺伝子を持つと思われる人は、どうぞ十分に生活管理に気を配ってください。
注:倹約遺伝子の検査は保健がききませんので、検査自体はあまりお勧めしていません。
平成24年12月31日
人工甘味料について
糖尿病では「甘いもの」を求められる方が多いように思います。上に述べたように「甘み」を求めるのはとても自然で本能的なことです。問題点は、おいしく満足できるので、つい食べ過ぎてしまうことです。そのため、砂糖に代えて人工甘味料をお勧めすることが多いのです。今回は人工甘味料のお話です。
(質問)人工甘味料はダイエットに良いでしょうか。
甘味料の安全性の質問でなく、「やせるのに役立つでしょうか」という質問です。不思議ですが、単純にイエスとならないのです。ダイエットソーダを多く飲む人にメタボリックシンドロームや肥満が多いという成績があります。ダイエットソーダを飲む本数と肥満の発症が直線的に増加する成績もあります。「人工甘味料は体重増加に結びつく」というタイトルの記事まであります(JAMA2008;299:2137)。
どうも人工甘味料を摂ると、代償的に食欲が増加して食べ過ぎが増えるようです。食べ過ぎてしまう理由として、8つの可能性が考えられています。その中で興味深いのが、「舌」と「頭」が異なる反応を示すことです。その成績をご紹介します。
遺伝子操作をして味覚をなくしたマウスは、水と砂糖水を区別できません。しかし6日間条件付けすると、この2つを区別できるようになります。味覚がないのに、条件付け後は砂糖水を選ぶのです。
頭の中に島前部という薬物渇望や依存と関連している部位があります。この島前部は、人工甘味料よりも砂糖で強く反応します(ヒトの成績)。また中脳ドーパミン報酬系と呼ばれる快楽中枢があります。この報酬系は砂糖で反応し、人工甘味料で反応しません(ヒトの成績)。
まだいろんな成績がありますが、簡単にまとめますと、
(1) 人工甘味料は舌で甘く感じます。
(2) 身体はカロリーが入ってくると期待しますが、実際は入ってきません。
(3) そのため、身体は騙された状態になっています。「甘み」に伴う報酬が得られず、「渇望」も実は満たされていません。
(4) そのため報酬を求めて食欲が亢進するというのです。
人工甘味料で育てると、間食後の自然な食欲低下が起こらなくなる成績(ネズミ)もあり、人工甘味料の食欲への影響は大きいようです。
どうも人工甘味料を過信してはいけないようです。甘みに対する欲求が強くなり過ぎてないか、食べ過ぎ状態になってないか、確認しながら上手に使うようにしましょう。
平成24年8月19日