院長ブログ一覧

新型コロナウイルス暴露からの時間とPCR検査の偽陰性率

新型コロナウイルスのPCR検査について、ずいぶん情報が集まってきました。PCR検査の感度は70%前後と言われ、それほど高くありません。特異度について報告はないようですが、低く見積もっても95%、実際はもっと高いと言われています。

感度は「感染者を陽性と正しく検出できる確率」を示します。感度と同じような概念に偽陰性率があります。偽陰性率は「感染者を誤って陰性と判定する確率」で、感度を裏からみた数字になります(100%―感度%)。特異度は「非感染者を正しく陰性と判定できる確率」を示します。

ジョンズ・ホプキンス大学から、PCR検査の偽陰性率を検討した報告が出ました。この報告はPCR偽陰性率がウイルス暴露からの時間経過でどのように変わるかをみています。

潜伏期を5日と仮定し、暴露日からの日数で集計しています。暴露翌日は偽陰性率100%です。暴露後4日経過しても偽陰性率は67%(27-94%)と高いままです。暴露後5日(発症日)で38%(18-65%)、暴露後8日に20%(12-30%)と最も低くなり、その後徐々に増加して暴露後21日は66%(54-77%)でした。

この結果を実際の場面で考えてみます。

Aさんが感染しているかもしれないとして、PCR検査を受けたとします。この時、PCR検査が陰性でも感染している可能性があります。陰性の判定が出た場合のAさんの感染確率は、Aさんの感染がどのくらい疑わしいか(検査前感染確率)によって変わります。

Aさんの検査前感染確率を44%とします(半分くらい疑っている感じです)。暴露後8日のAさんのPCR検査が陰性の場合、Aさんが感染している確率は14%です。発症日に検査を受けて陰性なら、Aさんの感染確率は23%です。


令和2年5月27日

糖尿病の歴史14 (尿糖測定法の開発)

尿糖がブドウ糖であることを発見したのはシュヴルールです(1815年)。

尿糖(ブドウ糖)測定法は、1830年にカール アウグスト トロマーによって開発されました。測定原理は熱-銅還元法です。ブドウ糖はアルカリ性溶液中で環状構造から鎖状構造に変化し、還元作用を有するアルデヒド基(-CHO)が生じます。このアルデヒド基による還元作用によって重金属塩が沈殿し、固有の色調を呈するわけです。トロマー法は、のちにフェーリングによって改良されます。

しかしながら一般臨床医に好まれたのはもっと簡単な方法のようです。1862年、ウィリアム ロバーツによって尿糖酵母法が発表されました。尿に酵母を加えると、発酵してブドウ糖が消費されます。これを比重の変化で簡易測定する方法です。

尿+酵母 24h→ 比重低下(x0.23)

ともあれ尿糖検査が開発されたおかげで、臨床医は尿を舐める必要がなくなりました。


附)
私が卒業した頃の阪大では診察室の裏で尿糖を測定していました。最初に尿糖検査紙(テステープ)を使います。尿糖が少ない場合はこれで終了ですが、尿糖が多い場合は飯塚氏法簡易尿糖定量法(還元法)を追加しました。試験管に飯塚氏液をとり、加熱しながら少しずつ尿を滴下して色の変化に要した尿滴下数を勘定しました。昔の思い出です。


平成27年6月5日

糖尿病の歴史10 (中世ヨーロッパの尿検査)

血糖が尿糖排泄閾値を超えて高くなると、尿に糖が出ます。しかしながらヨーロッパでは尿糖はなかなか知られませんでした。あのパラケルススも糖に考えが及んでいません。中世ヨーロッパで行われていた尿検査は主に色をみています。今回は尿の色検査(ウロスコピー)について紹介します。

ウロスコピーはまず特別な尿フラスコを用意します。尿フラスコは「厚さが均一、かつ色のついてない透明な瓶」で、上がすぼまっています。患者はこれに尿をとり、医師はその色をみて病気を診断します。置いておくと尿が濃くなり、温度の変化もあって色調が変化しますので、わりと速やかに検査を行います。尿の色をみることは、古代エジプト医学から始まっていますが、中世ヨーロッパ医学で強調されました。

中世ヨーロッパ医学の主流は四体液説です。四体液説は、4種類の体液(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)に変調が起きた時に病気が生じると考える説です(ヒポクラテスの項参照)。この説に従えば、「尿は体内と直接に接触しており、とくに色は四体液と密接に関連している。それ故に尿は個人の健康状態を示す」と考えられます。尿の色はとても大切なのです。

ウロスコピーは大流行し、尿だけで病気の鑑別、年齢・性別さらには未来までわかるとされました。いくらなんでも行き過ぎですね。これに反対して大きな声を上げたのが、英国のブライアンです。彼は臨床経験が10年に満たない医師でしたが、1637年に「尿予言あるいはある尿瓶講義」という本を書きました。批判対象は、ウロスコピーを尿予言として扱って診療する人たち(藪医者、経験主義者)です。

少し脱線します。この本は表紙をみていてもなかなか面白く、「今まで英語を話す人によって出版されたことがない」とか「ロンドン居住、今はエセックスのコルチェスターに居住」とか書いています。今だったら本の帯に載る宣伝文でしょうし、新旧の居住場所まで書くんですね。藪医者はクワックと記され、こっそり使われるべき隠語が堂々と表紙に使われています(クワック→ガチョウの鳴き声→英語でダック→ドクターです)。

12章の扉には「尿だけで病気の診断をしてはならないこと。病人がどのように病気になったのか厳密に診察し、この卑しい習慣(尿予言)がいかにでてきたのかを知らないで、尿の判断をしてはならないこと」とあります。検査だけをみていてはだめですよ、という彼の言葉は今も当てはまります。


平成27年4月3日

新しいHbA1c目標値

日本糖尿病学会では平成25年6月1日からHbA1cの目標値を変更します。ここでのHbA1cはNGSP表記*で示す値です。新しいHbA1c目標値は、(1) 血糖正常化を目指す際の目標が 6.0%未満、(2) 合併症予防のための目標が 7.0%未満、(3) 治療強化が困難な際の目標が 8.0%未満 です。

注意書きがついていて、治療目標は年齢、罹病期間、臓器障害、低血糖の危険性、サポート体制などを考慮して、個別に設定します。いずれも成人に対しての目標値であり、また妊娠期は除く としています。これまで合併症予防の目標値は6.9%未満(NGSP)でしたが、国際的に数字を合わせて7.0%未満(NGSP)にしました。

なお「治療強化が困難な際の目標の8.0%未満」は、明確な根拠がありません。米国老人医学会の値を参考に、とりあえず設定をしたそうです。6-7-8とキリがよく、覚えやすくて良いのではないかと思います。

諸外国の様子を見ますと、


アメリカ糖尿病学会とヨーロッパ糖尿病学会の合同声明(2012)では、2型糖尿病のコントロール目標としてHbA1cの記載がありません。それは、ガイドラインの数字が一人歩きして危険という考えです。患者中心のアプローチを重視し、コントロール目標は個別に設定します。

アメリカ糖尿病学会とアメリカ老人医学会の高齢者糖尿病に関する合同声明(2012)では、根拠に基づいた医学(EBM)を痛烈に批判しています。高齢者は研究から外されることが多く、目標設定の根拠(エビデンス)がありません。いろいろな研究を紹介していますが、一つの数字に集約していません。

アメリカ糖尿病学会の2013年ガイドラインでは、多くの人で7%未満、限られた人(罹病期間が短い、予測寿命が長い、心血管疾患がない)で、6.5%未満、最後に「我が国の治療強化が困難に当たる人」で8%未満の数字を挙げています。アメリカは数字をあげたり、あげなかったりで、統一されていません。

イギリス糖尿病学会では、一般的目標は6.5-7.5%(48-58mmol/mol:IFCC表記)ですが、「我が国の治療強化が困難に当たる人」ではそのリスクを考えて、となっています。

オーストラリア糖尿病学会(2012/13)では、一般的目標は7.0%以下。「我が国の治療強化が困難に当たる人」は7%超が妥当としています。



昨年からHbA1cの表記方式がJDS(日本のこれまでの表記方式)からNGSP(米国の表記方式)に変わっています。


平成25年5月31日

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