人類最初のころの炭水化物
農業が始まる以前は、狩猟・採集が食べ物の獲得手段でした。この頃の人類は穀類をあまり食べず、動物性食品がほとんどだっただろう、と考えがちです。しかし実際は炭水化物をけっこう食べていたようです。澱粉は残りにくく遺跡から検出することが難しいのですが、いろいろ発見されています。
10万5000年前の遺跡(アフリカのモザンビーク)から澱粉顆粒が回収されています。人類がアフリカ大陸を出て全世界に広がるより前の時代です。3万年前になると、石器に付着した澱粉顆粒がヨーロッパ中で見つかっています。クロマニヨン人(4〜1万年前)は肉、野生の穀類、人参、赤カブ、玉葱、カブなどを含む食事を食べていたと考えられています。なかなかのバランス食です。
アジアにおいても4万年前の遺跡(ボルネオ)から、住民が植物の灰汁抜きの技術をもっていたことが発見されています。加工しないと食べられない植物まで食べていたようです。狩猟・採集時代の炭水化物の割合は思ったより多く、考古学者は22-40%と推定しています。
人類が定住を始めたのが1万5000年くらい前で、近東のナトゥフ文化がその代表です。ナトゥフ人は穀草を脱穀して貯蔵していました。前農業期の技術です。
そして1万500年くらい前に農業が始まりました。まずアインコルン(古代小麦の一つで一粒系)がトルコで栽培化されました。そしてシリアでエンマー小麦(古代小麦で二粒系)が、ライ麦と大麦が肥沃な三ケ月地帯で栽培化されました。イネの栽培化は雲南ではなく、中国の珠江中流域のようです。
農業の開始によって食べ物の中の炭水化物の割合が多くなりました。それと共に遺伝子変化が起こっています。ヨーロッパ、アジア、アフリカ人のインスリン調節に関わる遺伝子変異(TCF7L2のHapA変異)は、その変異が起こった時期がそれぞれの集団の農業の始まりとほぼ一致しているそうです(nature genetics2007)。この変異は正の淘汰を受けていて、食環境の変化に伴う適応と提案されています。
注:
食生活が遺伝子を変化させ、適応した遺伝子が急速に拡がることがあります。もっとも有名なのが乳糖耐性の遺伝子です。8000年前に近東で牛が家畜化され、牛乳が手に入るようになりました。牧畜をヨーロッパに広めたのはファンネル・ビーカー文化で、5000〜6000年前です。乳糖耐性遺伝子の正の淘汰が始まったのは、遺伝子学からみると5000〜1万年前です。この2つの年代は、ほぼ一致しています。そして現在、乳糖耐性遺伝子は世界的に拡がっています。
農業以前の炭水化物比率、食事内容がそのまま現代の健康食とは限りません。低炭水化物食の根拠にあげる人がいますが、当時の食事内容が現代人の寿命を伸ばすかどうかは、別問題です。
平成25年1月19日
サンドラットのお話
餌の少ない過酷な環境に適応した動物が、食べ物がふんだんにある環境になるとどうなるかをよく示しています。ヒトではどうでしょうか。
米国アリゾナにピマインディアンが住んでいます。ピマインディアンは糖尿病が多いことで有名な部族です。しかし昔から糖尿病が多かったわけではありません。1900年過ぎに水が出なくなって農業ができなくなりました。政府から補助金が出るようになり、働かなくて食べられるようになりました。西欧化した食事の影響もあり、肥満が増えて糖尿病も増えたのです。今は成人の38%が糖尿病です。
ピマインディアンはメキシコにも住んでいます。こちらは伝統的生活を営んでいます。糖尿病の人は少なく、わずか6.9%です。
ピマインディアンは倹約遺伝子を持っています。倹約遺伝子は少ないカロリーで生きていくために適応(変化)した遺伝子です。食べ物の少ない環境ではエリート遺伝子ですが、飽食環境ではメタボリックシンドロームを引き起こす遺伝子です。
日本人も飢饉を何度も経験していて過酷な環境に適応しています。ピマインディアン と同じように倹約遺伝子を持つ人が多いことが知られています。あまり食べていないのに太ると言われる方は、もしかすると倹約遺伝子を持っているかもしれません。自分の体質が倹約遺伝子を持つと思われる人は、どうぞ十分に生活管理に気を配ってください。
注:倹約遺伝子の検査は保健がききませんので、検査自体はあまりお勧めしていません。
平成24年12月31日
人工甘味料について
糖尿病では「甘いもの」を求められる方が多いように思います。上に述べたように「甘み」を求めるのはとても自然で本能的なことです。問題点は、おいしく満足できるので、つい食べ過ぎてしまうことです。そのため、砂糖に代えて人工甘味料をお勧めすることが多いのです。今回は人工甘味料のお話です。
(質問)人工甘味料はダイエットに良いでしょうか。
甘味料の安全性の質問でなく、「やせるのに役立つでしょうか」という質問です。不思議ですが、単純にイエスとならないのです。ダイエットソーダを多く飲む人にメタボリックシンドロームや肥満が多いという成績があります。ダイエットソーダを飲む本数と肥満の発症が直線的に増加する成績もあります。「人工甘味料は体重増加に結びつく」というタイトルの記事まであります(JAMA2008;299:2137)。
どうも人工甘味料を摂ると、代償的に食欲が増加して食べ過ぎが増えるようです。食べ過ぎてしまう理由として、8つの可能性が考えられています。その中で興味深いのが、「舌」と「頭」が異なる反応を示すことです。その成績をご紹介します。
遺伝子操作をして味覚をなくしたマウスは、水と砂糖水を区別できません。しかし6日間条件付けすると、この2つを区別できるようになります。味覚がないのに、条件付け後は砂糖水を選ぶのです。
頭の中に島前部という薬物渇望や依存と関連している部位があります。この島前部は、人工甘味料よりも砂糖で強く反応します(ヒトの成績)。また中脳ドーパミン報酬系と呼ばれる快楽中枢があります。この報酬系は砂糖で反応し、人工甘味料で反応しません(ヒトの成績)。
まだいろんな成績がありますが、簡単にまとめますと、
(1) 人工甘味料は舌で甘く感じます。
(2) 身体はカロリーが入ってくると期待しますが、実際は入ってきません。
(3) そのため、身体は騙された状態になっています。「甘み」に伴う報酬が得られず、「渇望」も実は満たされていません。
(4) そのため報酬を求めて食欲が亢進するというのです。
人工甘味料で育てると、間食後の自然な食欲低下が起こらなくなる成績(ネズミ)もあり、人工甘味料の食欲への影響は大きいようです。
どうも人工甘味料を過信してはいけないようです。甘みに対する欲求が強くなり過ぎてないか、食べ過ぎ状態になってないか、確認しながら上手に使うようにしましょう。
平成24年8月19日
我が国の糖尿病食事療法の歴史(3)
von Lichtwitz:白パン単位
Lawrence:黒と赤の食品リスト(黒が10g炭水化物、赤が7.5g蛋白質、9g脂質) など
似たような交換表は我が国でも作られていました。1932年発刊の小澤、岩鶴先生共著の「糖尿病と食餌計算」には含水炭素等量表が出ています。さらに100kcalの交換表も作られていました。
しかし我が国に大きな衝撃を与えたのは1950年に作られた米国糖尿病学会の食品交換表であったようです。この表では食品を6表に分類していますが、我が国の交換表とは異なり、各表の1単位あたりのカロリーは異なっています。
この影響を受けて1960年頃から日本各地で食品交換表の原型のようなものが試み出されました。済生会中央病院堀内先生、東北大後藤先生は米国方式、岡山大山吹先生は独自の方法だったそうです。そして統一した食品交換表を作ろうとする機運が高まり、1963年に作成委員会が開かれました。
食品交換表作成委員会(第1回:1963年9月9日)
4群6表+付録の分類(主にどの栄養素を供給するかで食品を分類)
1単位80kcal、基礎食(1200kcal)の設定
食品交換表初版発刊(1965年9月10日、200円)
発表当時は、日本人の平均食事より蛋白質・脂肪が多く贅沢食と言われたそうです。1800kcalの食餌で、蛋白83g、脂質53gを含んでいました。当時の健常者は平均2184kcal 摂取していましたが、蛋白71g、脂質36gに過ぎませんでした。今の交換表と違って「基礎食+付加食」の考え方が使われていました。しかし特に指示をしなくても、当時は炭水化物を多く含む食品が付加食に選ばれていました。
食品交換表は1993年に大改訂されました。カラーの大判になり、手にとって美しくなりました。この版で「基礎食+付加食」の考え方がなくなりました。それは付加食に脂肪を多く含む食品を選ぶ人が増えてきたためです。目安となる単位配分例が示され、「バランスのとれた食事」に近づける工夫がされました。し好食品の項目が新設され、「原則として好ましくない食品」と位置づけが明確になりました。
食品交換表を用いる方法は健康食としての評価も高く、現在に至っています。来年には新たな改訂が予定されています。
平成24年6月8日