院長ブログ一覧

2%の差は大きいか小さいか (32.7% 対 34.7%)

コレステロールの高い人のための薬にゼチーア(エゼミチブ)という薬があります。ゼチーアは小腸に働き、コレステロールの吸収を抑えます。その結果 血中コレステロールが下がりますが、動脈硬化を抑える作用は実証されませんでした。2008年に発表されたENHANCE試験です(ENHANCE試験ではシンバスタチンとの合剤 ビトリンが使われました: シンバスタチンとビトリンを比較)。

製薬会社は効果がなかったことを隠して大きく宣伝し、売り上げを伸ばしました。2007年の米国ではビトリンの直接宣伝費(消費者への直接宣伝)だけで2億ドルが使われ、50億ドルの売り上げがありました。やがて隠していることがばれて社会問題に発展し、ENHANCE試験は製薬会社と無関係の第3者によって解析され、医学雑誌に発表されました(NEJM 2008)。 

2015年にImprove-It試験が発表されました(NEJM 2015)。この試験はシンバスタチンにゼチーアを上乗せしてその効果を観察した研究で、観察期間が平均7年、対象は急性冠症候群後の患者18,144人(平均年齢64歳)です。Improve-It試験ではゼチーアの上乗せ効果が認められ、ゼチーアが動脈硬化を抑えることが実証されました。ただ主要評価項目の絶対差がわずか2%(32.7% 対 34.7%)でした。

これまでFDA(米国食品医薬局)はゼチーアにコレステロールを下げる効果しか認めていませんでした。製薬会社は、ゼチーアに有意な効果が認められたので「心血管系疾患を抑える効果」をFDAに申請しました。FDAはこの申請を却下しました。臨床的にインパクトがないという理由です。リスクの低下は心筋梗塞と脳梗塞の低下でもたらされたものであり、全死亡が下がっていないことも問題視されました。対象が急性冠症候群後の患者であり、安定期にある患者ではもっと差が小さくなるだろうことも指摘されました。

NEJM(2016)に統計の読み方の論文が掲載されました。その中で、統計学的に有意であっても臨床的な意義に乏しい研究として Improve-It試験が紹介されています。2%の差は統計学的には0-4%(95%信頼区間)のどこかであり、余分にかかる薬剤費や起こり得る副作用に見合わないと結論づけています。

最近シンバスタチンよりコレステロール低下作用の強いピタバスタチンを服用している患者にゼチーアの上乗せ効果を検討した成績の発表がありました。HIJ-PROPER試験です。まだ学会発表段階でこれから試験が続きますが、3.9年経過では有意差がありませんでした(32.8% 対 36.9%)。この試験の面白いところは、コレステロール吸収のマーカーであるシトステロールを測定していることです。ゼチーアの上乗せ効果はコレステロール吸収能で大きく変わります。シトステロールが2.2μg/ml未満の人ではゼチーアは効果がありませんでしたが、シトステロールが高い人では29%の相対リスク低減がありました。

ゼチーアはもしかすると、コレステロール吸収の強い人に良い薬かもしれません。しかしシトステロールは保険収載の検査でなく、欧米でも一般的検査でありません。コレステロール吸収の強い人を判別できない現状では、目の前の患者さんに対して効くかもしれないし、効かないかもしれない薬のようです。


平成28年9月23日

糖尿病大血管障害、腎障害の動向

米国の成績ですが、糖尿病による大血管障害、腎障害のリスクが1990年→2010年で約半分になりました(NEJM2014)。これは大血管障害や腎障害の予防ができるようになってきたことを示します。

大血管障害は動脈硬化に基づく障害で脳・心臓・末梢動脈疾患を指します。最小血管障害(眼・腎・神経の障害)と対比して、この言葉が使われます。


細かく見て行きますと、この20年で急性心筋梗塞が起こる相対リスクが 3.8→1.8、脳卒中が起こる相対リスクが 3.1→1.5、下肢切断が起こる相対リスクが 18.8→10.5、末期腎障害が起こる相対リスクが 13.7→6.1 に減少しています。(この数字は糖尿病の人が糖尿病のない人に比べてどれだけ疾患が多いかを示す数字です)

糖尿病のある人の急性心筋梗塞脳卒中の発症率は、20年間でそれぞれ67.8%、52.7%も減っています。糖尿病のない人の発症率低下がそれぞれ31.2%、5.5%減少ですから、糖尿病のある人の発症率が大きく減少していることがわかります(米国では糖尿病のある人の急性心筋梗塞、脳卒中の発症率はほぼ同じで、年齢調整後人口1万人あたり、それぞれ45.5、52.9人です(2010年))。


大血管障害、腎障害のリスク低下は糖尿病の管理が良くなったこと、合併症の危険因子の管理が進んだことが挙げられます。日本においても、どうぞ、しっかり管理していきましょう。


平成26年5月30日

日本では脳梗塞は多いのか

日本では脳卒中の頻度が欧米に比べて多いと言われてきました。もともと脳出血が多かったのですが、今では脳梗塞が大半を占めます(脳出血:血管が破れて脳内に出血する、脳梗塞:血管が詰まる疾患です)。

脳卒中の死亡率は世界的にみて、この20年で格段に減少しています。最近の脳卒中発生率を国別に比較すると、日本は脳出血、脳梗塞とも中等度の発生率のようです(Lancet2013)。この論文から、脳卒中の大半を占める脳梗塞の成績を紹介します。この論文は119編の研究から国別の疫学データを推計しています。


脳梗塞の発生率と死亡率(2010年・年齢調整して10万人当たり)は、日本はそれぞれ(128.65、24.63)です。米国は(143.11、19.06)で、日本とほぼ同じです。


ヨーロッパ諸国と比べてみますと日本はイタリア(71.17、28.40)、イギリス(85.22、24.15)、フランス(83.56、12.98)より高いですが、ドイツ(141.66、21.11)やデンマーク(121.39、24.02)と同等、ポーランド(173.18、51.06)やスロバキア(216.15、62.38)より低いです。最悪の国はリトアニアで、(433.97、65.69)です。

アジアですが、中国は(240.58、46.71)で、インドが(143.45、38.83)です。


論文では「年齢調整後の脳卒中発症率は減っているが、脳卒中の絶対数は増えており、低〜中等度収入の国で脳卒中が重荷になっている」と言っています。日本は高収入の国で、欧米と同等なくらいまで脳梗塞を減らしてきましたしっかり治療すれば、脳梗塞は減らせます!


平成26年4月23日

DPP-4阻害剤は心血管系イベントを増やさない、減らさない

ジャヌビア、グラクティブ(シタグリプチン)が心血管系イベントを減少させないことを紹介しました(H25/6/19)が、ネシーナ(アログリプチン)、オングリザ(サキサグリプチン)も同様に心血管系イベントを改善しないことが明らかになりました(NEJM 2013)。


オングリザの研究は、16,492人の糖尿病患者を平均2.1年観察しています。主要エンドポイントは心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳梗塞です。ネシーナの研究は、5,380人の心筋梗塞直後の糖尿病患者を平均18ヶ月観察しています。主要エンドポイントは心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳梗塞です。両研究とも実薬群とプラセーボ(偽薬)群を比較し、両群間で心血管系イベントに差がありませんでした。


DPP-4阻害剤に大血管合併症の減少を期待していた人には残念ですが、心血管系イベントを増やさないことが確認され、安心して使えることがわかりました。ただオングリザで心不全による入院が増えていました。これについては、本当に意味のある増加かどうか、次の確認研究が必要です。

両研究とも実薬群の方がHbA1cが改善しています。HbA1cの差が0.3%と小さく、短期間の研究ということもありますが、HbA1cが下がっても心血管イベントは変わらないようです。心血管イベントを減らすには、血圧や脂質異常のコントロールが大切です。

なお両研究ともDPP-4阻害剤で懸念される膵炎、膵癌は増えていませんでした。

平成25年10月23日

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