院長ブログ一覧

蛋白質摂取量

今年の秋に食品交換表の改定が予定されています。改定版では炭水化物の意義を確認(炭水化物の必要性を強調)して、炭水化物 50%、55%、60%の各段階の配分例が示されるそうです。
  
食品交換表は蛋白質の摂取量を1.0-1.2g/kgとしていますが、炭水化物 50%の配分例で蛋白量が1.2g/kgを超える例が出てきます。その時は「腎症2期以上は適応なし」とコメントが入るそうです。腎障害がない場合は、蛋白質が1.2g/kgを超えても問題ありません。三大栄養素の配分はグレードAになっていますが、実は白質摂取量について統一された見解はありません。これまでの栄養指導の流れとガイドラインをいくつか紹介します。

まず日本の栄養指導です。


昭和50年代の糖尿病の栄養指導の蛋白質量は、軽作業以下1.0-1.5g/kg、 中〜重労働、発育期1.5g/kg でした。一番新しいガイドラインでは、「十分な科学的根拠を伴う成績に乏しいが、標準体重1kgあたり1.0-1.2gを指示することが多い」となっています(科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013)。(専門家の意見)

糖尿病の人に対する指導ではありませんが、2010年日本人の食事摂取基準では、蛋白質の耐用上限量について明確な設定根拠はない」としています。そのあとに「成人では2.0g/kg未満が適当」と書かれています。


米国の栄養指導です。


米国糖尿病学会は、以前は糖尿病患者は0.8g/kgとするのが賢明としていました。糖尿病は腎障害を起こしやすいので、「最初から蛋白質制限を」という考えです(まず守られなかった制限と思います)。

2008年に同学会は低炭水化物食を制限付き承認します。この年のガイドラインでは、蛋白摂取量は一般人の場合(15-20%)から変更する根拠がないとしています(Diabetes Care2008)。(注:低炭水化物食は今でも制限付き承認です)

同学会の一番新しいガイドラインは蛋白質の数字を挙げていません。(蛋白質制限は腎障害のある人の項目に書かれているだけです)(Diabetes Care2013)

一方、ジョスリンクリニックの栄養指導(2011)では、補正体重=標準体重+0.25x(実際の体重-標準体重)を計算し、1.2g/kg補正体重以上を指導しています。上限については、「2g/kg補正体重以上は、それを支持する根拠がない」としています(ジョスリンクリニックはボストンにある世界的な糖尿病研究施設です)。日本のガイドラインより摂取量がずっと多くなります。

糖尿病のない人の栄養ガイドラインを見ると、19歳以上では炭水化物45-65%、蛋白質10-30%、脂質25-35%の配分になっています(Dietary Guidelines for Americans 2010、1800kcalとすると蛋白質は45-135gになります)。


その他を見ますと、

2型糖尿病管理の欧州・米国糖尿病学会合同声明(2012)では数字を挙げていません。食事指導は個人に合わせるべきとなっています。オーストラリアでは10-20%の配分を勧めています。


専門家の意見が異なると、ずいぶんと異なったガイドラインになりますね。
腎障害がなければ、蛋白質の摂りすぎは(極端でない限り)気にする必要はありません。


平成25年7月24日

LookAHEAD研究について

LookAHEAD研究は、肥満あるいは過体重の2型糖尿病患者を対象にした生活習慣介入試験です。昨年に中止されたばかりの研究で、今年6月の米国糖尿病学会で発表されました。論文も発表(NEJM2013)されましたので、紹介します。



LookAHEAD研究の概要
米国16施設で施行された研究で、5145人の肥満あるいは過体重の2型糖尿病患者が対象です。少なくとも7%の減量を目指して、カロリー制限と運動で生活習慣に強く介入しました。一次評価項目は「心血管系による死亡、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中、狭心症入院」です。最長13.5年観察する計画でしたが、これ以上延長しても結果が変わらないと判断され、昨年に中止されました(平均9.6年観察)。

体重減少は1年の段階で 8.6% 対 0.7% (介入群、コントロール群)、終了時点で 6.0% 対 3.5% (同)であり、介入群のほうが減量しています。介入群は、HbA1cが低く、フィットネスが高くなっていました。介入群は、LDLコレステロール以外の心血管系リスクが全て減少していました。ここまでは良いことづくめですが、肝腎の脳心血管系イベントに差がありませんでした(HR:危険率、 0.95)。



簡単に説明しますと、食事カロリーを減らし、積極的に運動して体重を減らしても、脳心血管系イベントが減らなかったという成績です。介入群の体重減少が途中で緩んでいること、スタチンなど血管保護作用のある薬がコントロール群にも使われて介入効果が薄れていることなどが考察されています。

糖尿病における心血管系合併症の予防は、血糖コントロールを厳しくしてもうまくいかないことが常識になってきています。血圧やコレステロールなど、総合的な対応が求められ、なかなか手ごわい相手と思います。見方を変えると、高血圧や高脂血症の薬に良い薬ができていることを感じます。久山町研究で高血圧が心筋梗塞のリスクでなくなったのも治療の進歩です。

いっぽうで、生活習慣への積極的介入は、糖尿病の部分的寛解をもたらし、尿失禁、睡眠時無呼吸症候群、うつ病の減少、生活の質、身体機能、運動能の改善をもたらしています(すべてLookAHEAD研究)。「生活習慣の改善が無意味」ということでありませんので、間違いのないようにお願いします。


平成25年7月11日

糖尿病初期治療:3剤併用療法の試み

5、6年前だったか、日本糖尿病学会がデフロンゾ教授を招待したことがあります。このときの講演で、彼は非常に大胆な発言をしました。


米国糖尿病学会のガイドラインは一部理事のガイドラインであって学会員全員のガイドラインではない、したがって守る必要はない。今日はデフロンゾのガイドラインを紹介する。


なかなか大胆な発言です。日本での講演だから言えたのかもしれませんが、他にも米国人で米国のガイドラインに噛み付いた人がありました。低炭水化物食が米国のガイドラインで(1年に限り減量目的で)認められたとき、ジョスリンクリニックの登録栄養士・糖尿病療法指導士に質問したことがあります。彼女(Cheung)は低炭水化物食に反対したのですが、そのときのげんなりした表情、口調が記憶に残っています。我が国と違って、ガイドラインとは参考にする程度のもののようです。

さて、そのときの講演でのデフロンゾ博士の主張は糖尿病の治療は、「最初からベストの組み合わせの薬で行うべき」でした。今年6月の米国糖尿病学会の発表の目玉の一つが、デフロンゾ教授たちの最初から「メトホルミン、ピオグリタゾン(アクトス)、エキセナチド」の併用療法です。メトホルミンとピオグリタゾンは合剤で1日1剤、エキセナチドは週1回の注射です(毎日1錠を服用し、毎週1回注射する治療法)。参加人数が147人と少なく、あれこれいえる段階でないかもしれませんが、低血糖が少なく、良好なコントロールが2年後も続いています。

最近の研究では糖尿病初期ほど厳格なコントロールが良いようです(糖尿病初期に良好なコントロールが得られると、将来の合併症が大きく予防されます)。そう考えるとデフロンゾ教授のガイドラインは期待される面があります。現時点では副作用問題も含めてまだまだ検討が必要です。この治療法が論文になって市民権を得ていくかどうか、もう少し様子をみたいと思います。


平成25年7月3日

糖尿病、インクレチン関連薬と膵癌について

6月12-13日に米国で膵炎〜糖尿病〜膵癌に関するワークショップが開かれました。主催は米国国立糖尿病消化管腎疾患研究所です。インクレチン関連薬の膵癌リスクが話題になる前に企画されましたが、時期を得たワークショップになりました。

ワークショップの案内に「糖尿病と膵癌」の関係がまとめられていましたので、紹介します。


膵癌が発症した時、約半数の人に糖尿病があります。この糖尿病は約半数が新規発症(糖尿病発症3年以内に膵癌が診断)です。膵癌による糖尿病(二次性糖尿病)と考えられます。新規発症の成人糖尿病の1-2%しか膵癌を発症せず、新規発症の糖尿病患者を対象とした膵癌スクリーニングは不適切で有効でありません。メトホルミンは膵癌を減らす、あるいは予防します。インクレチン作動薬は膵癌を増加させるかもしれません。慢性膵炎の患者では、糖尿病があると膵癌リスクが30倍増加します。


このワークショップで、インクレチン関連薬と膵炎〜膵癌の関連が検討されました。結論は、「現時点では確たる膵癌リスクはなく、処方中止の必要がない」ことでした。「決定的解答にはもっと長期のデータが必要」であり、検討結果の要約は米国糖尿病学会(6月21日)にも報告されました。

米国糖尿病学会は6/10に声明を発表し、第3者評価ができるよう患者レベルでのデータ提供を全企業に求めました。米国内分泌学会は6/18に声明を発表し、現時点では限られたデータしかなく、さらなる研究を呼びかけました。確固とした判断をするにはSAFEGUARDのような研究(進行中)が必要です。この研究は、欧州6カ国と米国における9つの集団を合わせて評価します。3500万人という患者数、うち170万人が2型糖尿病という大規模な研究です。2015年に発表予定だそうです。

米国では、FDA(米国食品医薬品局)が絶えず警戒していることが皆を安心させたようです。
政府及び各学術団体の対応の早さに驚きます。


平成25年6月28日