受胎してから1000日までの砂糖摂取
第二次世界大戦の時、英国は砂糖の供給を制限しました。この制限は1953年9月に撤廃されましたが、この月を境に砂糖消費量が2倍に増加しました。この状況を利用して、胎児期〜乳幼児期の砂糖摂取の影響を検討した研究(Science 2024)が報告されましたので紹介します。
対象は、UK Biobank データバンクに登録された 1951〜1956年に生まれた6万人超です(出生日が砂糖消費が急増した1953年9月をはさんでいます)。検討したのは、何十年も先の糖尿病と高血圧の発症です。約4000人が糖尿病を発症し、ほぼ2万人が高血圧を発症しました。
受胎してから1000日までの砂糖摂取の影響をみました。この時期に砂糖消費が少ない人は、砂糖の消費が多い人に比べて糖尿病と高血圧のリスクがそれぞれ35%、20%低くなっていました。発症年齢もそれぞれ4年、2年遅くなっていました。
胎児期だけ砂糖消費が少ない場合(砂糖制限撤廃後に出生)、糖尿病と高血圧のリスクはそれぞれ15%、5%低くなっていました。砂糖の影響は胎児期から明らかで(リスク低減の1/3は胎児期の制限で説明可能)、固形食が始まる生後6ヶ月以降で強くなりました。
人生のごく初期の砂糖摂取が何十年ものちの糖尿病や高血圧の発症に影響するようです。
令和6年11月29日
GLP1受容体作動薬は肥満関連癌のリスクを下げる
肥満と癌の関連については多くの論文があります。メタ解析も多く、どれを取り上げてよいか分からなくなります。こういう場合には包括的レビュー(アンブレラレビュー)を見るのが有用です。系統的レビューやメタ分析といった最高位レベルの論文だけを取り上げ、多様なエビデンスを質的・量的に吟味しています。
2017年に発表された包括的レビュー論文(BMJ 2017:204編のメタ解析論文から36種類の癌リスクを検討)では、肥満と関連する癌は、食道癌、多発性骨髄腫、胃の噴門癌、男性の大腸・直腸癌、胆道系癌、膵癌、乳癌、子宮癌、卵巣癌、腎癌で、消化器系癌と女性ホルモンが関連する癌が多いようです。
GLP1受容体作動薬が肥満関連癌のリスクを下げる可能性が発表されましたので紹介します(JAMA Network 2024)。
対象は米国の全国的多施設電子診療録(2005年3月〜2018年11月)です。この診療録から、GLP1受容体作動薬、インスリン、メトホルミンが処方された癌をもたない2型糖尿病患者 1,651,452人(平均年齢59.8歳、男性50.1%、白人60.6%)を抽出しています。観察期間は15年、13種類の肥満関連癌の診断をみています。2024年4月26日に解析を行っています。
まずGLP1受容体作動薬使用者とインスリン使用者と比べました。GLP1受容体作動薬を使っている人の発癌リスクはインスリン使用者と比べて、胆嚢癌0.35、髄膜腫0.37、膵癌0.41、肝癌0.47、卵巣癌0.52、大腸直腸癌0.54、多発性骨髄腫0.59、食道癌0.60、子宮癌0.74、腎癌0.76でした(胃癌0.73でしたが、有意差なし)。乳癌と甲状腺癌ではリスク低下を認めませんでした。GLP1受容体作動薬使用者とメトホルミン服用者との比較では大腸直腸癌と胆嚢癌でリスク低下傾向があるものの有意差を認めませんでした。腎癌リスクはむしろ1.54と高くなっていました。
GLP1受容体作動薬を使っている人の肥満関連癌リスクはインスリン使用者と比べてかなり低くなっています。GLP1受容体作動薬は減量効果がありますので、減量と関連している可能性がありますね。GLP1受容体作動薬は、開発当初に膵癌リスクが喧伝されていましたが、そうでなかったようです。またメトホルミンは抗癌作用がときどき報告されている薬です。GLP1受容体作動薬もメトホルミンとの勝負は難しかったかもしれません。
令和6年7月12日
SGLT2阻害薬とGLP1作動薬の併用(2)
2年前に「SGLT2阻害薬とGLP1作動薬の併用」を紹介しました。学会発表でしたが、2つの薬を併用すると全死亡・脳心血管イベントが大幅に減少したという成績でした。これとは別の研究で、2つの薬を併用して同様の結果が得られた論文が報告されましたので、紹介します(BMJ 2024)。
解析に使ったのは、UK Clinical Practice Research Datalinkの実臨床データです(前回の紹介は米国退役軍人のデータでした)。2013年1月〜2020年12月の間に新規に薬物療法を開始した2つの集団が対象で、2021年3月まで経過をみました。
最初の集団はGLP1作動薬を最初に使い、あとからSGLT2阻害薬を追加した6696人です。2つ目の集団はSGLT2阻害薬を最初に使い、あとからGLP1作動薬を追加した8942人です。それぞれ、薬を追加処方していない、投薬背景をあわせた人を1:1でマッチングして比較しています。
最初の集団ではGLP1作動薬単独治療者に比べ、SGLT2阻害薬を併用すると主要心血管障害(心筋梗塞、脳梗塞、心血管死)が30%減少しました。重症腎疾患も57%減少しました。
2番目の集団でSGLT2阻害薬単独治療者と比べ、GLP1作動薬を併用すると主要心血管障害が29%減少しました。重症腎疾患の累積数は2年までは併用治療者の方が少なかったのですが、それ以降交叉し、ハザードリスク0.67(0.32-1.61)でした。
SGLT2阻害薬とGLP1作動薬を併用すると心血管イベントが減少するのは確からしいです。
令和6年6月21日
糖尿病の早期厳格治療の効果は24年後も続く
今回はUKPDS研究の話をします。UKPDS研究は1977年に開始された2型糖尿病の大規模研究で、血糖の厳格なコントロールが合併症の発症を抑制することを初めて証明した研究です。糖尿病治療の科学的根拠(エビデンス)を追求する研究の草分けで、1型糖尿病のDCCT研究、2型糖尿病のUKPDS研究、少し小規模になりますが日本の熊本スタディが、当時の最先端の研究でした。
UKPDS研究が行われていた時代、糖尿病薬は3種類(SU剤、メトホルミン、インスリン)しかありませんでした。今と違ってメトホルミンは人気がありませんでした。米国で未認可(米国認可1995年)、日本でもメトホルミン廃止を訴える医師がいました。UKPDS研究はメトホルミンの有用性を世界に認めさせた研究でもあります。
UKPDS研究は血糖の厳格コントロールを10年間行いました。厳格コントロールを止めると1年後には空腹時血糖、HbA1cとも比較対照群と差がなくなりました。普通ならここで研究終了なのですが、UKPDSは経過観察を継続しました。その結果、終了して10年経過した後でもその効果が続くことが明らかにされ、遺産(レガシー)効果と呼ばれました。
今回紹介するのは、終了後24年たっても遺産(レガシー)効果が減弱することなく続くことです(Lancet 2024)。SU剤やインスリンによる厳格治療は、従来治療と比べて全死亡が10%少なく、心筋梗塞が17%少なく、最小血管障害が26%少なくなっていました(絶対的リスク低下はそれぞれ、2.7%、3.3%、3.5%)。メトホルミンによる厳格治療は従来治療と比べて全死亡が20%少なく、心筋梗塞が31%少なくなっていました。
糖尿病になった時、はじめにきちんと治療を行うことがとても大切ですね。
令和6年6月4日