糖尿病の歴史37 インスリンの発見
このあたりの話も実はややこしくて、バンティングとベストが抽出したインスリン製剤はトンプソン君にほとんど効果がありませんでした。長期休暇(サバティカル)でたまたま研究室を訪れていたジェイムズ コリップが精製した製剤が成功したのです。このとき研究室を主宰していたジョン ジェームズ リチャード マクラウドとバンティングの間に争いが起こっていました。
インスリン抽出に成功したトロントグループですが、インスリン精製はできたりできなかったりで、危うい難しいものでした。ここを手助けして製品化したのがイーライ リリー社です。
インスリン発見の経緯はマイケル ブリスがくわしく述べています(The Discovery of Insulin by Michael Bliss 1982年)。大冊ですが、翻訳もありますので、興味のある方はどうぞ読んでみてください。「インスリンの発見(マイケル・ブリス著 堀田饒訳、朝日新聞社 1993年)」。私は30年前にペンシルベニア大学図書館でこの本をみつけ、興奮しながら読んだことを思い出します。
当時の雰囲気を患者、家族目線から知りたい方には「ミラクル エリザベス・ヒューズとインスリン発見の物語、日経メディカル開発 2013年」をお勧めします。性格が破たんしてトラブルを引き起こすバンティングも暖かい目で描かれています。
糖尿病の歴史もようやくインスリン発見まできました。ここでいったん歴史はお休みします。
糖尿病の歴史36 インスリン発見前夜 ~血糖測定法の進歩 (3)
硝子製の注射器で約2.5mlの血液を採取する。注射器は血液凝固を防ぐため、あらかじめ蓚酸カリウムで濡らしておく。採取した血液は少量の蓚酸カリウムを含む試験管に移す。ピペットで2mlの血液を15-20ml容量の遠心管に移す。ピペットは8mlの水で洗い、その水も遠心管に入れる。この操作で血液を5倍に希釈し、完全に溶血させる。0.2mgの乾燥ピクリン酸を添加し、撹拌棒でよく混和する。蛋白を完全に沈殿させ、溶液をピクリン酸で飽和させ、時々混和しながら数分置く。次に遠心機にかけ、4cm径の濾紙で溶液を濾過し、上清を乾燥した試験管に移す。3mlを背の高い試験管に移し、1mlの20%炭酸ナトリウム溶液を加え、15分間ビーカー内で100Cで温浴させる。この温浴で溶液は完全に発色する(これ以上温浴しても色は変わらない)。室温まで冷却し、発色度合に合わせて水で薄め、比色計で測定する。
糖尿病の歴史35 インスリン発見前夜 ~血糖測定法の進歩 (2)
最初にバングの微量化学分析を紹介します(1907年発表、1913に論文)。
100mgの血液を濾紙にしみこませ、重量を特殊なねじり秤で測定し、蛋白を塩化カリウム、酢酸ウラニウム、塩酸溶液で蛋白を「固定」。濾過液を硫酸銅と塩化カリウムを含む溶液内で90秒ほど沸騰させ、その後急速に冷却。酸化を防ぐために二酸化炭素をかぶせる。糖濃度は還元銅をヨード液で滴定(バング考案の精密な目盛り付きの分析用ガラス管使用)、指示薬は澱粉。
バング法では正常人血糖は100-110mg/dl、糖尿病で200mg/dl以上と測定され、妥当な値です。バング法は大変な手間がかかり、繰り返して測定するには難があります。蛋白を「固定」する方法にも少し無理があり、ガードナーは抽出前の濾紙を90-100Cで3-5分熱することで蛋白を凝固させ、蛋白が濾紙から溶出しないよう工夫しました(この工夫で抽出時間を十分にとることができ、精度が上がるそうです)。バング法では濾紙の品質も重要です(当時還元物質を含まない濾紙はあまりなかった)。
1908年にミカエリスが蛋白を除く方法に「沈殿法」を導入しました。ミカエリス-メンテン定数(酵素反応定数)で有名なミカエリスです。ミカエリスは我が国とも関わり合いがあり、1922年に愛知医科大学(現在の名古屋大学)の教授に就任しています。彼はバートランドの測定法を改良し、1mlの血液で可能な血糖測定法を開発しました(1914年)。
ミカエリスは「血糖は蛋白質に結合しておらず、自由な状態で存在する」ことを見つけました。とても大切な発見です。古い方法の多くは「沈殿した蛋白の洗浄作業」(ここで糖を喪失する可能性)があり、新しい濾過液を用いる方法は「蛋白の塊に糖が吸着していない」ことを証明する必要があったからです。
ミカエリス法では糖が酸化第二銅を酸化第一銅に還元する性質を利用し、「沈殿した酸化第一銅を分離」して糖を測定します。しかし糖が少ない時は酸化第一銅の沈殿量が少なく、うまく測定できません。ガードナーは蛋白分離と沈殿物分離のそれぞれに工夫をこらし、蛋白分離には濾紙とリネン綿、沈殿物分離には特別に調整されたアスベストウールを用いることでうまくいくと発表しました(1914)。
糖尿病の歴史34 インスリン発見前夜 ~血糖測定法の進歩 (1)
1910年代になり、わずかの血液で血糖が測定できるようになりました。このおかげで、繰り返して、また小動物でも血糖を測ることができるようになりました。インスリン発見競争では、あちこちのグループが「膵臓抽出物が糖を下げること」をみていますが、最後の決め手がでませんでした。その中で後発組のバンティングとベストがインスリンを発見します(1921年)。彼らの成功の理由は「血糖を繰り返し測定して研究の質を高めた」ことにあります。彼らが認められたもう一つの理由は「 ヒトに投与可能な精製品を作り上げたこと」ですが、これはコリップの功績です。
平成28年2月18日