院長ブログ一覧

降圧剤(カルシウム拮抗薬)と乳癌

糖尿病の人が高血圧症になった時、よく選ばれる薬はアンギオテンシン変換酵素阻害剤(ACE-I)、アンギオテンシン受容体阻害剤(ARB)です。この2つの薬剤はレニン・アンギオテンシン系に働き、腎保護作用があります。レニン・アンギオテンシン系は、腎臓から分泌されるレニンと、血中にある基質アンギオテンシノーゲン(アンギオテンシンに変換される)からなる血圧や電解質の調節機構です。アンギオテンシン変換酵素阻害剤・アンギオテンシン受容体阻害剤の次によく使われる薬がカルシウム拮抗薬(CCB)あるいは少量の降圧利尿薬です。

CCBはもともと狭心症に使われていましたが、降圧剤としても使われるようになりました。最初の頃は短時間で効果が切れ、かえって心筋梗塞を引き起こす可能性がありましたが、作用が長く続く薬が開発され、よく使われるようになりました。

CCBが癌と関連するという成績がありました。1996年に初めて報告され、ついで1997年にも報告されています。この2つの成績は少人数の研究でした。その後に大規模研究が行われ、「関連しない」報告が続いてこの問題は忘れられていきました。

今回、長期間大規模研究の結果が発表され、忘れていた問題が掘り起こされました(JAMA2013)。この研究は、症例対照研究で、1907人の乳癌症例と856人の対照を比べています(55-74歳)。CCBを10年以上服薬している人で、乳管癌が2.4倍、小葉癌が2.6倍のリスクでした(CCBの種類を問いませんでした)。一方で、利尿剤やβ遮断剤、アンギオテンシンⅡ阻害剤はリスクと関連しませんでした。

こういった報告を読むときに大切なことは、あわてないことです。症例対照研究という分析法は、方法の特性として分析間違いがおきる可能性があります。関連があったり、なかったりといろんな内容の論文が入り混じる微妙な時は、この分析法で最終結論は出せません。丁寧に考えて分析していますが、結論を出すにはこの内容を確認する次の研究が必要です。


平成25年8月22日

糖尿病、インクレチン関連薬と膵癌について

6月12-13日に米国で膵炎〜糖尿病〜膵癌に関するワークショップが開かれました。主催は米国国立糖尿病消化管腎疾患研究所です。インクレチン関連薬の膵癌リスクが話題になる前に企画されましたが、時期を得たワークショップになりました。

ワークショップの案内に「糖尿病と膵癌」の関係がまとめられていましたので、紹介します。


膵癌が発症した時、約半数の人に糖尿病があります。この糖尿病は約半数が新規発症(糖尿病発症3年以内に膵癌が診断)です。膵癌による糖尿病(二次性糖尿病)と考えられます。新規発症の成人糖尿病の1-2%しか膵癌を発症せず、新規発症の糖尿病患者を対象とした膵癌スクリーニングは不適切で有効でありません。メトホルミンは膵癌を減らす、あるいは予防します。インクレチン作動薬は膵癌を増加させるかもしれません。慢性膵炎の患者では、糖尿病があると膵癌リスクが30倍増加します。


このワークショップで、インクレチン関連薬と膵炎〜膵癌の関連が検討されました。結論は、「現時点では確たる膵癌リスクはなく、処方中止の必要がない」ことでした。「決定的解答にはもっと長期のデータが必要」であり、検討結果の要約は米国糖尿病学会(6月21日)にも報告されました。

米国糖尿病学会は6/10に声明を発表し、第3者評価ができるよう患者レベルでのデータ提供を全企業に求めました。米国内分泌学会は6/18に声明を発表し、現時点では限られたデータしかなく、さらなる研究を呼びかけました。確固とした判断をするにはSAFEGUARDのような研究(進行中)が必要です。この研究は、欧州6カ国と米国における9つの集団を合わせて評価します。3500万人という患者数、うち170万人が2型糖尿病という大規模な研究です。2015年に発表予定だそうです。

米国では、FDA(米国食品医薬品局)が絶えず警戒していることが皆を安心させたようです。
政府及び各学術団体の対応の早さに驚きます。


平成25年6月28日

代謝とがん発生

糖尿病薬のメトホルミンはがんを抑える作用が期待され、治療試験が開始されています。今回は「メトホルミンが作用する場所」と「がん抑制遺伝子が働く場所」が共通している可能性について紹介します。

Li-Fraumeni症候群という病気があります。世界で400家系しかいないそうですから、非常にまれな病気です。親から子に伝わる遺伝子(TP53)に突然変異があり、がんが多発します。TP53というのは、p53を作る遺伝子です。p53は細胞周期や遺伝子(DNA)修復などを調節してがんを抑える働きがあります(がん抑制因子)。
  
このLi-Fraumeni症候群で、骨格筋のミトコンドリア呼吸代謝(酸化的代謝)が強くなっていることが示されました(NEJM 2013)。呼吸代謝は、酸素を使って多量のエネルギーを生み出す代謝です。p53は代謝系にも働いています

メトホルミンは、ミトコンドリア呼吸代謝を抑えることで効果を発揮します。「メトホルミンの作用」と「p53の働き」はつながっているように見えます。がん発生は遺伝子の変化だけが強調されてきましたが、代謝的な側面も重要です。今後その関連が明らかにされ、新しい治療に結びつくことを期待します。


平成25年5月9日

メトホルミンの抗癌作用

山中博士がノーベル賞を受賞して、iPS細胞が有名になりました。iPS細胞(induced pluripotent stem cells)は人工多能性幹細胞です。幹細胞は分裂して自分と同じ細胞を作り出し、いろんな臓器に分化する能力をもつ細胞です。胚細胞でなく、体細胞を使って幹細胞を作ったところが山中先生の業績です。

癌にも幹細胞があります。癌幹細胞は、癌の浸潤(周辺への広がり)や転移に大きな役割を演じています。分化した癌細胞だけを除いても(治療によって癌が小さくなっても)、わずかの癌幹細胞が残れば癌が再発します。転移する能力も癌幹細胞の性質です。

転移は「上皮細胞が間葉細胞の性質を持つようになり、元の居場所から離れ、血流・リンパ流に乗って遠くに移動し、そこで再び上皮細胞の性質を持つようになって居つき、分裂して腫瘤を形成する」ことで起こります。性質が変化した細胞を生み出し、少数細胞から大きな腫瘤を作る能力を持つのが癌幹細胞です。本当に癌を治すには悪質な癌幹細胞を除くことが大切です。

メトホルミンという糖尿病の薬があります。1950年代から使われている古い薬ですが、最近注目を浴びています。それはメトホルミンを服用している人に癌が少ないことが明らかになったからです。1gの服用ごとに癌死亡が42%減少するとまとめた報告まであります。これまで治療法のなかった癌幹細胞に作用することもわかってきました(癌幹細胞には通常の癌細胞より低濃度でメトホルミンが作用します)。
 
メトホルミンは酸化的リン酸化を抑えてATP/AMPバランスを崩し、LKB1-AMPKを活性化させます。酸化的リン酸化は細胞がミトコンドリアでエネルギーを得るときの代謝経路です。ATPAMPは細胞内にあるエネルギーを貯める分子です。LKB1は癌抑制蛋白質、AMPKはAMPで活性化されるリン酸化酵素です。

少し難しい話になってきましたが、このLKB1-AMPKの活性化が癌細胞抑制の出発点です。このあとの経路では、mTOR経路の抑制が最も研究されています(mTORというのはラパマイシンが作用する標的ということで名づけられた蛋白質キナーゼです: mammalian Target of Rapamycin: 哺乳類のラパマイシン標的)。ラパマイシンはシロリムスとも呼ばれる免疫抑制剤で、平滑筋増殖抑制作用があり、薬剤溶出性血管内ステントに使われています。癌や糖尿病でmTORの制御異常が報告されています。AMPK以外の経路も提案されています。
 
メトホルミンは一般的な抗癌剤に比べると副作用が少なく、ずっと安全です。これまで糖尿病の人の成績しかありませんでしたが、糖尿病でない人に試されつつあります。メトホルミンは非治癒癌の治療を大きく変える可能性があり、今年中に抗癌治療としての方向性が明らかになることが期待されます。

 
平成25年1月31日

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