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7ヶ国研究と地中海食、日本食

健康食として地中海食が話題になることがあります。最近も、地中海食で死亡率、心筋梗塞が減るという論文が発表されました(NEJM2013)。そこで、地中海食についてお話したいと思います。まず地中海食研究のきっかけになった7ヶ国研究からご紹介します。

7ヶ国研究は正式には1958年から始まった国際共同研究です。コホート(対象集団)の数は全部で16です。アメリカから1つ、オランダから1つ、フィンランドから2つ、ギリシャから2つ、イタリアから3つ、旧ユーゴスラビアから5つ、日本から2つ(田主丸:久留米市田主丸町、牛深:熊本県天草市)のコホートが研究に参加しています。全部合わせると7ヶ国、対象が40-59歳の男性12,763人です。観察期間は〜25年間です。

この研究で明らかになったことは「冠動脈疾患の起こり方がコホートによって違うこと」です。日本、地中海諸国 < ヨーロッパ内陸部 < 米国 < 北欧  の順に起こりやすくなります。動脈硬化はコレステロール、年齢、血圧、喫煙、運動、体重と関連することがわかっています。そこでこれらのリスクで補正してみたのですが、結果は変わりません。単純な動脈硬化リスクで説明できない何かがあることがわかったのです。体質(遺伝)でしょうか、文化的背景(食事、運動を含む環境因子)でしょうか。最終的に、その何かは「食事」ではないかと考えられたのです。地中海食が注目されるようになったきっかけです。

日本も冠動脈疾患が低いのですが、その後の進展はあまりないようです。魚が多く、抗酸化物質の摂りかたが多いとされますが、注目のされ方は低いように思います。西洋食からずいぶんと外れていて、西洋諸国でそれ以上の研究がしにくいからでしょう。それでも彼らは日本食が気になるようです。


平成6年に神戸で国際糖尿病学会が開かれたとき、カナダのジェンキンスや米国のフランツがマイクを奪い合うようにして発言したのは、(1) 心筋梗塞の少ない日本の方が北米より食事療法が進んでいる。(2) 私たちは北米の食事療法を紹介するために来たのであって、私たちの真似をする必要はない。(3) 私たちは日本の食事が実際どうなっているかを見に来た、という事でした。米国の食事療法を日本より上位にみる必要はありません。


7ヶ国研究の日本のデータをみると、諸外国と違って高コレステロールのデータがありません。当時はコレステロールの高い日本人が少なかったためです。時代の違いを感じます。


平成25年3月11日

鶏卵と心筋梗塞

卵黄にはコレステロールが多く含まれています(200mg/個)。血液中のコレステロールが高い人は心筋梗塞が多くなります。では、卵をたくさん食べる人は心筋梗塞が多いでしょうか。


糖尿病でない方はノー
糖尿病の方はおそらくイエスです。


この成績が最初に発表されたのは1999年(JAMA)です。マスコミに取り上げられ、ずいぶん話題になりました。米国心臓病学会は翌年のガイドラインでこの論文を採用せず、「メディアは論文を間違って解釈している」と批判しました(卵の制限継続を推奨)。一方で、ジョスリンクリニック(ボストンにある糖尿病の治療と研究の施設)は


If you have diabets, eggs still aren't what they're cracked up to be. (糖尿病があるなら、卵は評判になっている通りじゃないよ)


というコメントを書き、注意を促しました。「糖尿病がないならともかく、糖尿病があるなら卵は週3個まで」という内容です。

最近、卵の消費個数と心筋梗塞の関連について、メタ分析が発表されました(BMJ 2013)。メタ分析は、これまで発表されている質の高い複数の論文をまとめて分析する手法です。その結果ですが、


毎日卵1個を摂るときの冠動脈疾患リスクは0.99(0.85-1.15、P=0.88)で、全く影響がありません。糖尿病がある場合のリスクは1.54(1.15-2.09、p=0.01)と増加します


この論文によって先の結論が確認され、強化されました。糖尿病の人には卵の軽い制限をお勧めします。

注:
一般的な食事ガイドラインでの卵の取り扱いは国によって異なります米国は卵の制限を勧めています。カナダ、英国、オーストラリアは、卵の制限を取り払いました(個数に言及しない)。WHOも厳しい制限不要としています(乳脂肪や肉類の制限の方が大切)。

日本では
、「飽和脂肪酸およびコレステロール摂取を減らすためには脂身の少ない肉類を選び、肉類、乳製品、卵類の過剰摂取を避ける(動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年)。コレステロール摂取量を1日300mg以下に制限する:エビデンスA (心筋梗塞二次予防に関するガイドライン2011年改訂版)」となっています。

平成25年2月22日

グルカゴンの不思議

グルカゴンというホルモンをご存知でしょうか。

インスリンと同じく、膵臓にあるランゲルハンス島(膵島)から分泌されるホルモンです。インスリンが血糖を下げるホルモンなら、グルカゴンは血糖を上げるホルモンです。低血糖昏睡を起こしたときの注射薬としても使われます。

糖尿病は血糖が高くなる病気です。一般的にインスリンの作用不足(インスリンが足りない、効き難い)がその原因とされますが、グルカゴンの作用が強過ぎる場合も高血糖の原因になります。

グルカゴンの影響は思っていたより大きいかもしれません。遺伝子を操作したマウスの成績ですが、グルカゴン作用を完璧に抑えてしまうとインスリン産生細胞(β細胞)を薬でつぶしてしまっても糖尿病になりません(Diabetes 2011)。グルカゴンの影響がこれほど大きいなら、糖尿病の基本的考えを修正する必要もあります。

糖尿病ではグルカゴンが多くなっています。膵島内でグルカゴン分泌を抑えているインスリンが不足するため、グルカゴンが過剰に分泌されると考えられています(グルカゴンを分泌しているのはα細胞)。ところが、もともとインスリン産生細胞であった細胞(β細胞)がグルカゴン分泌細胞に姿を変えている可能性が報告されました(Cell 2012)。β細胞が脱分化(先祖がえり)するのです。

糖尿病で血糖が非常に高いとβ細胞に負担がかかってFoxO1が抑制されます。FoxO1は、β細胞の増殖に関わっている転写因子の一つです。転写因子は、遺伝子(DNA)の情報を鋳型mRNAへ転写する時にいろいろな調節を行う一群の蛋白質のことです(mRNA:遺伝子の情報を伝える中間物質で、次にmRNAの情報に基づいて蛋白質が作られます) 。
 
そこでこの転写因子が全く働かないマウスを作ってみました。臨床的には一見健康です。このマウスに代謝負荷をかける(老化、多産)と、β細胞は本来の性質を失ってインスリンを作らなくなり、グルカゴンを含む他の膵島ホルモンを分泌するようになります。高血糖にさらされたβ細胞は力尽きて死ぬのでなく、β細胞であることを止めて生き延び、グルカゴンまで分泌して糖尿病を悪くする側に寝返っているのです。

この論文にはシェークスピアの言葉をもじったコメントがついています: Diabetic β Cells: To Be or Not To Be? 糖尿病のβ細胞:生きるべきか、死ぬべきか


注:
インクレチン関連製剤*はグルカゴン分泌を抑える効果があり、これは他の薬にはない効果です。
 * GLP-1アナログ、DPP-IV阻害剤


平成25年2月13日

メトホルミンの抗癌作用

山中博士がノーベル賞を受賞して、iPS細胞が有名になりました。iPS細胞(induced pluripotent stem cells)は人工多能性幹細胞です。幹細胞は分裂して自分と同じ細胞を作り出し、いろんな臓器に分化する能力をもつ細胞です。胚細胞でなく、体細胞を使って幹細胞を作ったところが山中先生の業績です。

癌にも幹細胞があります。癌幹細胞は、癌の浸潤(周辺への広がり)や転移に大きな役割を演じています。分化した癌細胞だけを除いても(治療によって癌が小さくなっても)、わずかの癌幹細胞が残れば癌が再発します。転移する能力も癌幹細胞の性質です。

転移は「上皮細胞が間葉細胞の性質を持つようになり、元の居場所から離れ、血流・リンパ流に乗って遠くに移動し、そこで再び上皮細胞の性質を持つようになって居つき、分裂して腫瘤を形成する」ことで起こります。性質が変化した細胞を生み出し、少数細胞から大きな腫瘤を作る能力を持つのが癌幹細胞です。本当に癌を治すには悪質な癌幹細胞を除くことが大切です。

メトホルミンという糖尿病の薬があります。1950年代から使われている古い薬ですが、最近注目を浴びています。それはメトホルミンを服用している人に癌が少ないことが明らかになったからです。1gの服用ごとに癌死亡が42%減少するとまとめた報告まであります。これまで治療法のなかった癌幹細胞に作用することもわかってきました(癌幹細胞には通常の癌細胞より低濃度でメトホルミンが作用します)。
 
メトホルミンは酸化的リン酸化を抑えてATP/AMPバランスを崩し、LKB1-AMPKを活性化させます。酸化的リン酸化は細胞がミトコンドリアでエネルギーを得るときの代謝経路です。ATPAMPは細胞内にあるエネルギーを貯める分子です。LKB1は癌抑制蛋白質、AMPKはAMPで活性化されるリン酸化酵素です。

少し難しい話になってきましたが、このLKB1-AMPKの活性化が癌細胞抑制の出発点です。このあとの経路では、mTOR経路の抑制が最も研究されています(mTORというのはラパマイシンが作用する標的ということで名づけられた蛋白質キナーゼです: mammalian Target of Rapamycin: 哺乳類のラパマイシン標的)。ラパマイシンはシロリムスとも呼ばれる免疫抑制剤で、平滑筋増殖抑制作用があり、薬剤溶出性血管内ステントに使われています。癌や糖尿病でmTORの制御異常が報告されています。AMPK以外の経路も提案されています。
 
メトホルミンは一般的な抗癌剤に比べると副作用が少なく、ずっと安全です。これまで糖尿病の人の成績しかありませんでしたが、糖尿病でない人に試されつつあります。メトホルミンは非治癒癌の治療を大きく変える可能性があり、今年中に抗癌治療としての方向性が明らかになることが期待されます。

 
平成25年1月31日